雑話(2012/12/23)


  • 「自分のやりたいことをやって死にたい」と言う。しかし、自分のやりたいことで、はたして死を遂げらるか。「自分のやりたくないことによって殺されたい」、つまり、奴隷に、ある種の美意識を持つということ。深みのある絶望とは元来そういうものである。

  • 「自分のやりたくないこと」に取り巻かれて、結句、社会の惨状があるだろう。但し、「殺す」のではない、「殺される」のだ(それは自死であってもならない)。時代や生活に、不意、不条理に、“殺されること”に美は付随する。

  • 「死にたい」は、「殺されたい」へと変遷を遂げていく。これは時代のどん詰まりを指すのではない。仮にそうであったとしても、己の美意識、価値観がふるいにかけらるような、良き時代に生まれたと私は思っている。

  • 「絶望にこそ真実がある」、そのような哲学を持つならば、今を肯定できないはずないだろう。今は常に肯定されている。さて、“一体、何が苦しいのか”、省みる。