Youtubeで無料で聴いていた音楽ベスト6(2013)


Youtubeでは無料で音楽が聴けます。

無料なのでボクはどんどん聴いています。

CDは買いません。ライブにも行きません。

「お前はほんとにクズ野郎だな。そういうやつが音楽をダメにしているんだ」と言われ、来年こそは改心しようと思っております。


さて、2013年、Youtube上で最も聴いた6曲をあげておきます。



27才のリアル~空也MCのREMIX~




原曲は狐火の『27歳のリアル』。
“ラッパーの部屋にタウンワークは似合わねぇよ”



【MV】この高鳴りをなんと呼ぶ - 忘れらんねえよ




このMVはちょっとどうかと思うけど……、
『CからはじまるABC』の頃と比べ、ここまで変わるのかと。



31才のリアル / 狐火 Track by 観音クリエイション




彼の歌うリアルは、“地下”の匂いがしない。
そっちのリアルじゃない。



MOROHA「三文銭」MV




この動画に関してはぜひ最後まで見てほしい。
注目株。



でんぱ組.inc「でんでんぱっしょん」MV




「一体だれが楽曲を提供しているんだろう?」と、ググった人は多いはず。



チャラン・ポ・ランタン 「最期の準特急」




友達の仲条くんに教えてもらった。
月並みですが、“世界観”という言葉が似合います。



***


以上です。

「WHITE ALBUM2」アニメ感想:切ないのだが、切ないと思える自分がいた

WHITE ALBUM2 1 [Blu-ray]

「『WHITE ALBUM』というアニメがおもしろいっすよ」

と、知人に教えてもらい、視聴。

WHITE ALBUM1および2、一気に見た。

ちなみに、原作や声優さんなどの知識はボクにはまったくない。

が、たのしめた。おもしろかった。

特に「WA2」は、話としてまとまっていてよかった。

「10話目からこんなに盛り上がるなんて聞いてないっすよ!心の準備できてなかったわ!」と、激昂したくなるほど、終盤の盛り上がりは熱かった。

が、内容に関して評するのはどうも苦手なので、個人的なことでも書きます。暇なので。。。



失われたボクの高校時代



「WHITE ALBUM2」。

一言で言えば、

舞台は高校。学園祭をからめた恋愛のアニメ。季節は冬。

ありがちな設定ではあるけれども、

もう、この時点で、この設定の時点で、「もう、見ます」と。

「服従させていただきます」、と。

「切なくなるに決まっております」、と。

というのも、ボクにはそういった経験がないからだろう。

高校自体ちゃんと行っていなかったし、当然、恋愛なぞまったくの無縁である。

「高校時代の青春が無い」、これはおっさんになっても、10年以上経った今でも、大きな影響をもたらしている。

結果、こういったアニメやドラマ、映画、漫画に触れると、

“切なく”なるわけだ。そういった経験がまったくないから。取り返せない、やり直せるものでもないから。

アニメを見るのが上手(?)な人は、

斯様なるボクのように、「自分の人生とリンクさせて感慨にふける」という行いを「芳しくない」と思うかもしれない。

作品鑑賞において、その出来栄えの良し悪しに感嘆すること、「個人的な過去と関連付けて観る」というのは、ちょっと無粋かもしれない。

そういった意味では、ボクは鑑賞者として、評者として、一人前にはなれない。

そういったことを前提に読み進めていただきたい。



枯渇した恋愛感情



“切なくなる”理由としては、失われた高校時代だけではない。

もはやボクには、異性に対する“恋愛感情”が枯渇しているんではないか。

“ときめく”、“ドキドキする”、そういったことが無い。

……いや、そういった場面がないだけかもしれない。

場面さえあれば、そのようなトキメキ感情は発露するのかもしれない。

が、そんな好都合、まさに“好都合”、期待はできまい。

ゆえに、斯様な恋愛アニメでもって、疑似体験する。


“ときめく”、“ドキドキする”

いわずもがな、これは性欲とは異なる。言うまでもない。

暗にボクは気づいている。

“性欲はあるが、トキメキがない”、そんな日々に気づいている。


また、それが酷く残念なことであることを、ボクは“隠している”。

なぜなら、求めても一向に手に入らないからだ。

脱却したくとも、脱却する術がボクの日常に見当たらない。

結果、どうなるか。

求めても手に入らない、その結果、こちらから突き放す。

それが先に述べた、“恋愛感情の枯渇”という状況を生み出している。

ボク自身に原因があろう。

場面さえあれば、そのようなトキメキ感情は発露するのかもしれないのだが、それを好都合だと称して、期待どころか、求めることを諦めてしまった。

“求めても手に入らない”、結果、求めることを諦めてしまった。

これを否定するつもりはボクにはない。

なぜなら、これこそが「切ない」という感情の源泉だからだ。

“なんでもかんでも手に入る”、あるいは、“手に入ると思っている”と、「切ない」という感情はどこからも生まれない。

求めても手に入らない現実は、涙を呼び起こし、渇いた感情を濡らす。

個人的に、それはなかなか美しい涙ではないかと思う。



切ないが、切ないと思える自分がいる



斯様なアニメや、恋愛ドラマ・映画を見るたび、思う。

“トキメキ”という感情を、まだ失っていないのだ。

現に、ボクは、ときめき、ドキドキしているではないか?このアニメを観て。

失ってはいない。

繰り返しになるが、現実の自分と空想の物語をリンクさせるのは、無理があって、幼稚な見方であると思う。

「学園祭で演奏する」とか「放課後、女子と会う」とか、そのような場面への憧れやトキメキ、

それを楽しむことは当然のことだが、

さらに一歩突き進めて、

そのような感性が今もなお「自分自身」にあるということを確認する瞬間でもある。

自分の確認――、

あわよくば、無感性な日常に埋もれてしまった自分自身を掘り起こせはしまいか、と。

性欲のみが浮き彫りとなってしまった己の男性“性”と、恋愛感情への諦めに、すっかり浸りきってしまうのではなく、

『されど完全には捨てきれていないトキメキ感情』は、自身の潤いとなって、“切ない”のだけれど希望を感じさせてくれる。

切ないのだが、切ないと思える自分がいることが、なにか、勇気をくれる。


それは、アニメだろうが現実だろうが、も早、関係あるまい。


***


こんなことをマジに書いている自分自身を「まったく馬鹿げている」と思うが、まぁいい。

“夢中になる”というのは、盲目性をおびて然る可きで、

そのような作品と出会えたことに、喜びと感謝を。

ではまた。





お金にならない仕事をしているか?


どうですかね。いや、ボク自身がそうだ。

「仕事をするならお金がほしい」
あるいは「お金をもらえるから仕事をする」

そりゃそうだ、そうだろう。

たいせつな人や自分自身を守るために、お金が必要なときがある。

口先だけの道徳なんかより、お金には実効力がある。

それに、金欲と云えば聞こえが悪いが、だれだって贅沢がしたいもんだ。

それを罪深いことだとは思わない。

お金には魅力があるんだよ、なんだかんだ。

たとえばさ、仕事が多少きつくても、お金がもらえるから、我慢ができたりする。

給料が入ると「許せる」んだよな。

給料を手にすることで、仕事のしんどさを、「許す」ことができる、「忘れる」ことができる。


まったく、バカバカしい。ひどく悲しくなる。

お金には魅力がある、よくわかんないけど、とりあえず魅力がある。

“よくわかんない”理由としては、いろいろな場面でお金は応用がきくから、特定できないんだよな、その魅力を。

特定の、一部で、効果的なんじゃない。

使い道、使い方がいろいろあって、お金は応用力がハンパねぇんだよ。いろんな場面で活用できる。

だから、漠然と魅力的であり、また、常に魅力的である。

つーか、そもそも、生活するためにお金は必須っていう。

……まぁ、んなことはどうだっていい、どうだっていいんだよ。

当たり前のことだ。

でもね、たまに思うんだよ。

たまさにさ、

「お金にならない仕事」が魅力的にみえるときがあって。


そういう話を今日はしたい。



「お金にならない仕事」



「お金にならない仕事をがんばってみたい」って、そう思う瞬間がある。


『おいおい、また始まったよ、てめぇはいつまで厨二病だよ?イタいんだよ』って、キミはボクを馬鹿にするけれど。

さて。

「お金がもらえるから仕事をがんばる」

言い換えれば、仕事をがんばる理由は、お金がもらえるから。

これ、実にシンプルだよね。

がんばる理由が明確だよ。

じゃあ、問うてみる。

『がんばる理由がなくても、人はがんばることができるか?』

どうだろう?キミはどう思う?

がんばる理由がなくても、人はがんばることできるかな?

理由や目的がなくちゃ、人はがんばれないのかな?

「いや……、そりゃそうだろ」

うん、そうだろうね。ボクもそう思う。

がんばる理由がないと、人はがんばることができない。

じゃあさ、ちょっと話を戻すけど、

お金にならない仕事をがんばってるやつってのは、一体、何を理由にしてがんばっているんだろ?

お金や家族のためっていう、よくある“ベタな理由”じゃなくて、それ以外の理由でがんばっている人。いるよね?

「なんの得があるんだよ?」ってツッコみたくなる。

彼らは、お金以外の何を目的としてがんばっているんだろう?

「お金にならない仕事」、そういう場面、ない?

「こんなことやったってお金がもらえるわけじゃない」、そんな場面。けっこうあると思うんだよね。

そういう場面で、ふたつに別れるんだよ。

がんばる人と、がんばらない人。

お金がもらえないのにがんばる人、そして、お金がもらえないからがんばらない人。

ボクはそういうときにね、「お金にならないのに、たいしたメリットもないのに、“慈善的”にがんばっている人」って、なんか魅力的にみえるんだよな。

「は?馬鹿じゃねぇか?何かっこつけてんだよ?そんなにモテたいか?」

いや、ここでは他者目線の話をしているんじゃない。

「お金がもらえないのに、たいしたメリットもないのに、がんばる人」、そんな人が魅力的にみえて、時に、自分もそうなりたいと思うことがあって。

お金になる仕事には、目が輝く。

お金にならない仕事は、目につきにくい。


極論いっちゃうと、「お金になる仕事をがんばる」なんて、誰だってがんばるよそりゃ。

他方、「お金にならない仕事をがんばる」ためには、お金以外の理由を見つけなくてはいけない。

それって、むずかしいことだ。

お金以外の、がんばれる理由を見つけること。

さぁ、一体それはなんだろうね。



お金を目的にして、お金を稼げていない



繰り返すよ。くどいよ。

お金になる仕事には、目が輝く。

お金にならない仕事は、目につきにくい。


「お金になる仕事」っていうのは、見つけやすいんだ。

お金自体が、魅力を放っているから。


逆に、「お金にならない仕事」は無視してしまう。見つけにくい。

もう一度問うてみる。どうなんだよ?どうなんだよって。

お金以外でがんばれるものがあるか?

キミはこう言う。

「はぁ?うるせぇよ。お金には魅力があるんだから、必要なんだから、お金を目的にがんばってもいいだろうが」

ボクもそう思う。

でも、そう言うけれど、どうだろうか。

「そんなキミはまったくお金を稼げていないじゃないか?」


どうだよ、どうなんだよ。

つまり、お金を目的にしていながら、お金を手にしていないじゃないか。

ボクはそういうときに、こう思うんだよ。

「じゃあ、お金以外のことを目的にすべきじゃないか」、と。

いや、少し違う。

そもそも、「お金」を理由や目的にしてがんばることが不向きな属性なんじゃないの?って。わたし自身が。

むいていないんだよ、得意じゃないんだよ。

だから、だったら、「お金以外の目的を探そうぜ」って、

「そっちのほうがお前にはむいているんじゃないの?」って。


キミはこう言う。

「は?お前、バカ?お金が必要だっつってんだろ」

うん。そうだ。

でも、ボク自身に必要なのは、お金だけじゃないんだよ。



“がんばること、がんばる自分”がまずは必要だ!



ボク自身に必要なのは、お金だけじゃない。

“がんばること”も必要なんだ。

ところで、がんばってる?

何かを必死でがんばってる?

そこで、「お金を目的にしてがんばれるものがある、同時に、その目的を達成している」と答えられる、

そういう人は、それでいいと思う。

でも、「お金を目的にがんばることができない、あるいは、その目的を達成できていない」、

そういう人は、「お金以外の目的でがんばれるもの」を探したほうがいいんじゃないか。


お金は必要だ。どうあがいたって、お金は超必要だ。

けれど、それ以前の問題でぶつかっているんだよ。

なにか?

“がんばること”だ。

そもそもが、がんばっていないんだよ。

お金を稼ぐ以前の問題だよ、これは。

まずは、何よりもまずは、「がんばること、がんばれるもの」が必要であり、

「がんばれるものがない、取り組んでいることがない」って、お金を稼ぐ以前の問題だ。

だから、「まずはがんばれることを探そうぜ」、って。

「お金にならない仕事」であっても、それをがんばれる自分がいるなら、まずは、そんな自分自身を最優先に大事にしてやろうじゃないか。

お金を稼ぐ稼げないなんてのは、そのあとだろう。

「お金にならない仕事」は無意味じゃない、がんばれる自分がいるなら、意味がある。発展性がある。

逆にさ、「お金」を目的として、がんばっている、

といっても、お金を稼げてないという本末転倒っぷり、あるいは、実は何一つがんばっていない、がんばれていない、

それって惨劇じゃあないか、まったく。


***


ダラダラと冗長でクソみたいな文章が続いてしまった。

要点はひとつ。

「お金にならない仕事にもうちょっと着目してもいいんじゃないか」って。

お金が稼げていないからって辞めちまうのは、もったいなくないか、って。

がんばれる自分がそこにいるなら、それでいいんだよ。

なんか、ボクはそう思うんだよな。キミは腹を抱えて笑うけども。

じゃあまた。




詩集『不労不詩』

不労不詩

Amazon Kindleストアにて、詩集を出版しました。

無論、オールセルフ制作です。

今回は小説ではなく、“詩集”です。

20代後半、具体的には、27~29歳までの間に書きためていた詩をまとめました。



詩集『不労不詩』






タイトルは『不労不詩(ふろうふし)』

140篇の詩がおさめられています。

ボリュームはけっこうあるかと思います。

が、執筆時は、私が“絶賛ひきこもり中”の頃であり、

ドン引きするくらい偏狭な詩となっております。

今回、詩集をだすにあたって編集作業を行っていたのですが、自分で書いたものなのに、あまりに難解で苦労しました…。

この詩集には、私、福森亮太の、20代の思想がつまっている。

ココロに響くかどうかの判断は、読者にまかせます。

詳細はAmazonページの[内容紹介]をご閲覧ください。




「値段」について



価格は$0.99、日本円でおよそ100円です。

例によって、売上の一部はYahoo!基金を通じて寄付いたします。

また、詩集『不労不詩』を読んでみて、

「なかなかおもしろいじゃねぇか」と思った方は、

小説『夏の駄駄』も読んでみてください。

リンクしている箇所が何点かありますので、楽しめるのではないかと思います。



「読み方」について



「Kindleってナニ?」
「どうやって読むの?」

という方もいるかと思います。

Kindleとは、スマホやタブレットで電子書籍を読める、Amazon提供のサービスです。

読み方、利用方法についてですが、

無料の「Kindleアプリ」をダウンロードしていただければ、

スマホでもiPhoneでもiPadでもNexus7でも、どれでも読めます。

※Amazonアカウントの所持が必須です。


iPhone/iPad/スマートフォンで読む場合


例)
  1. 「Kindleアプリ」を検索&ダウンロード
  2. アプリを起動し、Amazonアカウントでログイン
  3. 「ストア」から、『不労不詩(ふろうふし)』を検索
    もしくはこちらに直接アクセス ⇒ 詩集「不労不詩」
  4. ご購入の前に「無料サンプル」を試す
  5. サンプルにて表示等を確認
  6. もし気に入って頂けたら、ご購入お願いします

無料のKindleアプリは下記リンクよりダウンロードできます。

Kindle無料アプリ


まずは無料サンプルを読んでみてください。

内容云々に関しては、Amazonページの[内容紹介]に記してあります…。


***


読後の感想、その他何かあれば、

メールやTwitter(@ryotaism)から気軽にご連絡ください。→ 【連絡先】

それでは。






好きなことを仕事にする「売れる才」「売れ線」


先日、赤羽でシンガーソングライターの仲条幸一くんとご飯に行ってきたよお。



ボクは彼のファンであり、彼の才能に恋をしている。

とりあえず、これをみてほしい↓


すげぇよな。

ちなみに、このNAVERまとめは、【注目まとめ】にも選ばれた。

Facebookイイねは400オーバー、お気に入り数は300、閲覧数37000、ヒット記事となった。

ページの最後には、彼のCD音源をのせており、ぼちぼち売れている。

このNAVERまとめ記事はボクが作成した。

「暦の上ではディセンバーをピアノカバーして、Youtubeにアップしたらいい」と、ボクは言った。

2日後、わずか2日で、ろくに聴いたこともない曲をコピーし、Youtubeにアップした。

想像以上のもので驚いた。すごい才だな、と。

他、潮騒のメモリーやオープニングなどをカバーアレンジした。

即座にボクはNAVERでまとめた。

仲条くんの承諾を得ずに、すべてボクが勝手にやった。


プライドもクソもない。

売れていないのだから、売れている歌をカバーしたほうが近道だ。

仲条くんはオリジナルにこだわる、アーティストにありがちな自意識をもっている。

ところで、

売れていないアーティストは、売れているアーティストの事例をあげる、あげたがる。


「彼らは音楽の才能で食っている」、と。

尊敬するアーティストがいて、彼らの“売れ方の事例”が自分にもあてはまるものだ、と思っている。

それはほんの一部だ。一部でしかない。

「宝くじが当たった友人がいて、じゃあ自分も当たるはずだ」って、そんなはずがないだろう。

「自分にもあてはまる」、だなんて、あいつと自分は違うんだよな。

自分で思っているよりも自分は凡人。

「売れる」と信じているけど、「このまま一生売れない可能性」のほうが高い。そんな当たり前の確率を見ようとしない。



売れる才



さて、仲条くんといろいろ話した。

「音楽以外のことをやってみたら?」
「楽曲を提供する側にまわったてみたら?」
「ライブという自慰行為は時間の無駄じゃない?」
「抽象的熱量ではなく数字で管理してみては?」

アーティスト志望にありがちな「オレはやればできるんだ」という自意識を逆撫でするようなことを言った。

「仲条くんには華がないから一生売れないよ」

仲条ファンから殺されるであろう言葉も吐いてしまった。(ゴメン、酔ってたヨ…)


お金がないことよりも辛いこと、それは自分に才能がないとわかってしまうこと。

ここで話している才というのは、音楽の才ではない、売れる才についてだ。

音楽の才はある、でも売れる才がないということ。

この、「売れる才」の有り無しについて、どこまで痛感できているか?『痛み』であると感じられるか?


音楽の才能の有る無しなんて、どうだっていい。

音楽がうまいやつなんてゴマンといるのだから。


とはいっても、複雑な音楽を作れる賢さがあるのだから、「どうすれば売れるのか?」というシンプルなことは、本当は知っている、本当は知っているはずなんだ

でもそれを実行しない、あるいはできない。

プライドというか、誇りというか、

怠慢というか、傲慢というか、

なんというか、「こうすれば売れる」ってのを知っているのに、ボクにはない音楽の才があるのに、それを実践しないことが、「頭が固いなぁ」と思わざるを得ない。

つま先から頭のてっぺんまで、最初から最後の最後まで、“売れることだけを考えて”楽曲制作をしてみる。

そういう『経験』を見てみたいんだよ。

それでも売れなかった『悔しさ』を見てみたいんだよ。

カタルシスや物語が生まれる現場を目撃してみたいんだよ。

そのために、言わなきゃならない「黄金の言葉」、約束がある。



「売れたい」という一言



終盤、少々飲み過ぎたか。

泥酔気味の仲条くんが言った。

「オレ、売れたいです。本当は売れたいんです」

こみ上げてくるものがあった。


赤羽駅。懐かしかった。

ボクは、昔、赤羽駅で何度か路上活動をしていた。

書道の作品を並べていた。


売れなかった。だれも見向きしなかった。

自分の才能を強く信じて、闇雲に走り続けていた。

貧乏で、水道をとめられ、難儀していた当時。

「いいものを作れば売れるんだ」、そう信じていた。

でも違うんだよ。

いいものなんて、そこら中にあるんだよ。

個性的?だいたいみんな、個性的だよ。

あきらめた。簡単に。

「いいものを作れば売れるんだ」と、信じ続けるだけの精神力が自分にはなかった。

おめおめと生き延び、三十才になった。

一体、そんなボクが、なにを仲条くんに云えるというのか。

商店街を吹きさす寒風は、あの頃と何も変わっていなかった。

売れようが、売れまいが、生きている。生き延びている。

あの頃の残像が酷い後悔となって襲いかかる。

「もっとがんばっときゃよかった」って。

「もっと他にやり方はあったんじゃないか?」って。

『一度でも筆を置いた者は去らなければならない』、それが書道である、侍道である。

一度でも逃げた人間は、死ぬまで逃げ続ける。

仲条くんが、ボクに云った。


「居酒屋で晩飯を注文するなんて、福森さん、変わりましたね」


ギョッとした。

組織の傘下に収まり、気付けばボクには余裕が生まれていた。

負けるか勝つか、売れるか売れないか、二択しかなかった世界。

今では、処々方々に逃げ道がある。

「売れるか売れないか」で闘っている仲条くんからすれば、さぞ憐れな男に映ったことだろう。


帰宅後、底知れぬ自己嫌悪に苛む。

「だれかが、いまも、オレを笑っているんじゃないか?」

死にきれぬ我が身を憂う。

あのとき、もっとがんばっていれば、

いや、がんばっていなかったら、死ねなかったんだ。

「売れたい、売れなきゃ意味がない」

ボクはもっと、そう叫ぶべきだった。

まわりに届くくらい声に出して、共有できる数字であらわして、

アーティストがついついもってしまうスマートなプライドを捨てて、

「売れたい、売れなきゃ意味がない」と、

売れ線、『売れる線路に飛び降りる』べきだった。

飛び降り方は知っていたはずなのに、線路の前で躊躇していたから、電車は通り過ぎていった。

「次の電車はいつ来るのだろう?」と、ホームで待つ日々が暮れていく。








WakeMeUp!!:おすすめ目覚まし時計 for PC


めちゃめちゃオススメしたいフリーソフト。

作成者に最大のリスペクト。

ほんとうに感謝しています。ありがとうございます。

かれこれ、この目覚ましソフトを使って6年が経つ。

もうこれなしじゃ朝は起きれない、といっても過言ではない。

もしかすれば、一生使い続けるかもしれないほど重宝している。

パソコン用目覚ましソフト、『WakeMeUp!!』

寝坊しやすいキミに激しくおすすめ。



WakeMeUp!!



PCで使える目覚ましソフトはたくさんある。

なかでも、特にWakeMeUp!!は使いやすい。

ざっくりと特徴を列挙してみる。

省電力モード
アラームが鳴るまで、PCをスタンバイモードにしておくことができる。
スタンバイ状態に入るまでの時間は自由に設定可。

朝起きたらパソコンが起動している
アラーム時刻に先立って、スタンバイ状態からパソコンを復帰させるために必要な「予備時間」(3~20分)も設定できる。

スヌーズ機能
一度アラームが鳴った後、スヌーズボタンを押すことにより、何分か後にもう一度アラームを鳴らすことができる。

アラーム音の変更が可能
アラーム音に、mp3,wavなどの音楽ファイルを設定することができる。

完全に起きれるよう、停止しにくいインターフェースを実装
「停止」ボタンでアラームを止めようとしても、かけ算の問題に答えない限り停止しません。



設定ダイアログ

もう、特にね、素晴らしいのが以下2点。

  • 「省電力と復帰」
  • 「かけ算オプション」

そうだな、、、眠りから起床までの一連の流れを書いてみるよ。そのほうがイメージしやすいかと。



“眠りから起床まで” ボクのパターン



まず寝る前に、起床時刻を設定。

「省電力モード」のボタンを押す。

省電力モード突入。

パソコンがスタンバイモードになり、省電力、且つ、静かに。。。

ぐっすり眠るオレ。

陽が昇る。

起床時刻。

設定しておいた音楽が鳴り響く!!(ロックン・ロール!)

オレ、目覚める!

停止ボタンを押す!

が、「かけ算」を解かないと止まらない!(けっこうムズい!38×24とか暗算で無理なんですけど!)

仕方なく、「スヌーズ」ボタンを押すことで、音楽を一旦止める。

オレ、二度寝を始める。。。

が、数分後、再び音楽が鳴る!!

再度、かけ算にトライ!

が、やはりムズい!

もう一回、スヌーズボタンを押して音楽を止める!


……と、この繰り返しをしているうちに、否が応でも目覚める。

かけ算に関しては、何度もチャレンジしていると、

「0×1」のような、簡単な問題が出てくる。

そして、ようやくWakeMeUp!!を停止させることができる。


そんなこんなで、目覚めるわけですが、

ここで非常に便利なのが、すでにパソコンが起動しているということ。

アラームが鳴る数分前に、スリープモードからパソコンを復帰させておくことができる。


つまり、起床後すぐにパソコンを見れる。

具体的には、起きてすぐにメールやネットニュースをチェックできる。

パソコンを起動させる時間すら勿体ないヘビーネットユーザーにとっては、実にありがたいんですよね、これ。


***


細かい設定は色々とありますが、ダウンロードして使ってみれば、説明書なんてなくても直感的に操作できます。簡単です。

いや、このソフトがなかったら、オレ、遅刻しまくりなんじゃないかな。。。元来、朝が弱い人間ですし(^_^;)

繰り返すけど、こういったフリーソフトを作っている人に感謝したい。

ありがとうございます。

感謝を込めてのブログでした。ありがとうございます。






『Amazon節約せれくしょん。』


Amazonで購入した商品の履歴や、ほしい物リストを、

どこかで一元管理しておきたいなぁと思っていました。

「Amazon節約せれくしょん。」というページを作成しました。


Amazon節約せれくしょん。
http://astore.amazon.co.jp/ryotaism-22


Amazonで購入した商品、ブログで紹介した商品、ほしい物リストなど、「Amazon節約せれくしょん。」にまとめていきたいと思います。

個人的な利用目的で作成したのですが、

お買い得なものばかりに目をつけて購入しているので、「もしや誰かの何かの参考になるんでは?」と思い、この際、シェアすることにしました。

掲載商品はまだ少なく、小規模ではありますが、徐々に増やしていきます。


Amazonで食品を購入することが、自分にとって節約につながっています。

安いものは安いんですね、Amazon。

ネットショッピングはうまくすれば、節約につながるとボクは思っています。

異論もあるでしょうが、コンビニや量販店で買い物をしていた頃と比べ、確実に節約につながっています。

それではまた。








関連記事



プラネテス、宇宙とつながる漫画:評価の高さに納得

プラネテス(1) (モーニングKC (735))

さいきん、漫画を読むのにハマっていて、

「何かおもしろい漫画はないかしら」と探していたら、

『プラネテス』を発見。

実は、学生の時、2巻まで読んだことはあるのだが、最後まで読んでいなかった。

これまた、めちゃめちゃ評判のよい作品。

早速、全巻読破。



『プラネテス』



宇宙飛行士の話。

時代は2070年代。

人類が宇宙と地球を行き来する時代。

どういう内容なのかは、詳しくはWikipediaを読んでいただきたいのだが、

まぁ、とにかく、スケールが大きい。宇宙ですから。

でもね、人間物語なんだよなぁ。つくづく人間物語。

宇宙にでても、人間は人間。


主人公は宇宙飛行士、星野八郎太。通称「ハチマキ」。


「一人で生きて一人で死ぬのが完成された宇宙船員」を座右の銘としていたが、他人との関係において「愛」を唱える田名部と激しく対立する。



その後、宇宙で働く者が陥りやすい精神的状態、宇宙の広漠さにあてられ自身の存在理由を見失う状態におちいり、自分を見失う。

そして、「一人では生きていけない」という悟りをタナベと関わる中で見いだしていく…。



感想



ボクは宇宙にでたことがないのですが、

もしも広漠な宇宙で何日も過ごすとなったら、きっと八郎太のように、自身の存在理由について悩むだろうな。。。

印象的な箇所は、「すべてはつながっている」というところ。


読んでいて、目からうろこ。

地球すら、宇宙からすれば一部なんだよな。

ボクの日常は、狭いもんだよ。

部屋と会社、以上だよ。どんだけ狭いんだって話。

どんどん狭まっていく視野。

半径5メートルの視野で、何もかもわかったような気がしてしてくる。

そりゃそうだ。半径5メートル内しか見ていないんだから。

でも、地球、否、広漠な宇宙の中に、本来、自分はいるんだよな。そもそも。

半径何メートルとか、宇宙はそんなレベルじゃない。測れない。無限に広がっている。

そんな中で、自分は生きているんだ。

でも、だからといって、「人間がちっぽけ」という、有り体な話ではない。

宇宙空間に投げ出されたとき、どうだろう?

とんでもなく孤独だろう。さびしいだろう。

そして、『人とつながる』ことを強く意識するだろう。

「人は、独りじゃ生きられないのかもしれない」って。

で、この漫画で云われているのは、

「地球上も、宇宙の一部なんだよ」ってこと、

「地球上にいるということもまた、宇宙空間に投げ出されている」、ということ。

宇宙だろうが地球だろうが、人間はとんでもなく孤独で、

したがって、宇宙だろうが地球だろうが、「人とのつながり」が必要じゃないか?って。

『愛』という言葉が空々しく聞こえてしまう地球上だけど、

きっと宇宙に出れば、「やっぱ『愛』だな」って思うのかもしれない。いや、きっとそうだろうな…。


プラネテス、めちゃくちゃおもしろかったです。

ほんと、読んでよかった。

おすすめだよ。10年以上前の漫画を、なにをいまさらって感じだけど。

ちなみにアニメもあるらしく、これまた評判がいい。

機会あれば、アニメも見てみたい。

それではまた!