トリックスターから、空へ:太田光


トリックスターから、空へ




人間には多面性があるということである。インターネットのいわゆる“書き込み”からはその人間の一面しか見えない。そこに書かれている言葉が“悪意”なら、それを書いた人間の全てが悪意のかたまりに見えてしまう。

--- 中略 ---

しかし、それを書いた人間の中にも、好ましいと思える部分が存在するのだとということを想像することが、我々を救う。混沌を見つめるには、自分の中にそういった免疫を持つことが大切であり、偏った情報に対抗できるのは、我々の持つ想像力である。
(p.56-)
相手の言葉や表情などを手がかりにして、自分なりの解釈をして相手はこんな気持ちなのではないかと想像し、人物像を自分の中に作り上げる。これは擬人化ではないか。自分が作った偶像に近いものと話しているのではないだろうか。

--- 中略 ---

実は相手の言動をヒントにして、自分が想像して膨らました人格を愛するのではないか。つまり人を愛するという行為は、自分を愛するということと重なるのではないか。だからこそ人は何かに愛情を感じた時、誇らしく、閾値得ることが喜ばしく感じるのではないか。それは自分を肯定することに他ならないのだから。
(p.211-)

トリックスターから、空へ (新潮文庫):太田光


感想




爆笑問題・太田光さんの『トリックスターから、空へ 』(新潮文庫)を読み終えて。

爆笑問題の本は数冊読んだこともあり、

雑誌『ブロス』に連載されている太田さんのコラムなどは、学生時によく読んでいました。

ラジオもポッドキャストで今も聴いています。

TBS『情熱大陸』で特集されていた回も見ました。


太田光という人は、

想像することが好きな、想像することに長けたエンターテナーであると思います。

ラジオとか聴いていても、やさしいんですよね。

それは、“人柄が”というよりも、

彼の“想像することが”、人にやさしい。

決して人を不快せさせるような類の「想像」ではない。

夢のある、ファンタジーの空想といった印象があって、

そこには希望を感じさせる部分もある。

反面、理想主義として批判される側面もあるのですが、

「『語る』ならば希望を語ろうぜ」というようなスタンスなのではないでしょうか。


しかし、私だけかもしれませんが、

“人にやさしすぎる”ように思うことがあって、

時に、人にサービスをしすぎてしまい、

人の負の感情みたいなものを表現するのに不得手な想像性ではないかと思ってしまうことがあります。


といっても、

それは絶望を免れるための、強い信念の上での、希望の想像であるともいえるわけであり、

貴重な「想像」だなぁと思います。


トリックスターから、空へ (新潮文庫)