夏目漱石『こころ』の内容と感想。


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夏目漱石『こころ』


学生の頃に一度読んだのだが、
先日、本屋をうろついておったら、新潮文庫から出ている限定カバーが目に入りつい衝動買いしてしまった。

今週に入って風邪をひいてしまい、
寝てばかりもおられないので、時間をかけてじっくり読み直すことにした。


やはり、名作である。

本を読んでいる際に、気になった文があれば「付箋」を貼るようにしているのだが、

付箋の枚数が名作っぷりを物語っている。


本に線を引いたり、折り目をつけたりするのが私はあまり好きではない。

単純に、本が汚れてしまうのが嫌なのだ。

付箋であれば、汚すことなく剥がすことができる。

人によっては、付箋の色ごとに意味をつけてカテゴライズするのかもしれないが、私はそういったことはしない。

できるだけ「一冊一色」でかためる。

理由は先に述べたことと同じで、少しでも見た目が汚くなるのを避けたい。

なぜ「付箋」をつけるのかというと、

読後に付箋を貼った箇所を読み直し、もう一度楽しむためだ。

小説が好きな人は、「過剰に余韻を楽しむ」

時に、読書中よりも「読後」を重視する。


感想


漱石の『こころ』については、色々思うところがあって、だらだら書くのもいけないので一点だけ。

と、その前に。

先生は最後、「殉死」をするんですね。結末を言うと。

まぁ、自殺であるのだけど、「殉死」というのがポイントで。

明治の精神がなんたらかんたら、個人主義と寂寞どうのこうの、

このへんが重要なんだろうと思う。

まぁそれはそれで。今回は私がグッときたところを書こうと思う。

先生がお嬢さんに恋をするわけですけど、

それがなかなかうまく運ばなくて。

で、ときおり、お嬢さんが「馬鹿笑いする描写」があるんですね。

先生曰く、「私の例の嫌いな笑い方」というやつを。

それをちょいちょい話の中で挟むんですよ。

これがね、ここが、ほんとうまいなぁと。

Smile - #16
Smile - #16 / Artondra Hall

ちょっと話ずれますが、

他人が、馬鹿笑いしてるのって見てて、なんか不快だったりしますよね。

あれはきっと、

「その人よりも笑っていない自分」を自覚したり、
「見てて、自分が笑われているような錯覚」をもったりとか、
そういう、色々な理由あると思うんですね。

「笑顔」っていうのはまさに感情をダイレクトに表現するもので、見るものは意図せず主張を感じてしまう。又、それを受け取ってしまう。

不快に思うばかりではなくて、
「人の笑顔をみてるだけで、こっちも笑顔になっちゃうよ」みたいな心理もありますが、

良くも悪くも、なんらかの主張性、
ビームみたいなもんを笑顔は発してるんでしょうね、おそらく。

その全方向的なエネルギーは、

笑顔が「仮面をかぶっていない表情」だからなんだと思うんです。たぶん。

言葉のように繕うことができないもので、感情があらわになった本性。

それをみて、人間の持つある種の「動物性」みたいなものを感じてしまう、
「人間は理性的な生き物だ」と思っている者ほど、
そういった、露骨に感情丸出しな笑顔を苦手とする。

漱石っていうのは、そういう、悪くいえばちょっと神経過敏な人で、良くいえば“人間的”な人だったんじゃないかなぁと、

読んでて少し思いました。

再読すると、こういう新しい部分が見えてくるからいいですね。