彼と音楽との出会い(草稿1)


※ 本稿は『縦書き文庫』でも読むことができます。


彼と音楽との出会い(草稿1)


世界が自分を笑っているような…。

そう思うたび、布団にくるまり、頭を抱え、悶絶する、

そんな日々を彼(学生)は過ごした。

“なんという劣等性か。なんという不完全な私であるか”

それは彼の強い自意識と美意識が理由であった。(彼は後にそれを知る)

ドクターはそれが正常であるという。

“人は世界や自然の一部である。ゆえに、君がその繋がりを意識するのは「正常」である。世界をみる意識とともに、世界にみられているという意識は正常なことだ”

“耕一くん、きみは音楽が好きでしょう?”

ドクターによれば、外側から此方側へと届く、「音を聞く」という行為は、外界との接触、コミュニケートであり、不安定なる自己が動じぬ外界と連結することによる安定感は、本人に安心を与えるという。

家に到着して、すぐに音楽をつけたり、テレビをつけるのはその為であるという。


しかし、耕一の日常は、突如変貌した。

部屋の壁を、無為に見つめていたときであった。

急に、壁が、遠くへと進んでいくではないか。

”世界が離れていく、世界が、遠い、遠くへと離れてゆく”

離人感の類であった。(それについても耕一は後に知る)

人も木も、まるで世界全体が、プラスチックでできた模型のような、造り物にみえる。

世界が無造作に、目の前に置かれている。

それを無感情に観察している自分がいる。

世界が自分を切り離したようで、自分が世界から切り離されたようで、いや、正確にのべると、私自身の意思によって私と世界を切り離したのではないかという疑惑に、まっすぐに立つことさえままならず、よろよろと壁にもたれた。

これまで感じたことのない世界との距離感に恐ろしくなった彼は、あわてて枕元にある聖書を手に取り、その一文一文に目を通し、精神の安定をはかった。


―――目を覚まし、いつの間にか自分が眠りに落ちていたことに気付いた。

寝ぼけ眼で天井を見つめた。

昨晩とは異なる現象が彼の身に起こった。

それは徐々にだった。

天井が此方側に向かってくる、私の目の中へと入り込もうとしているのか、目に映る景色が重量をもって、ゆっくりと、彼の心身全体に向かってくる。

耕一はドクターの言葉を思い出した。

”個の存在は本質的に、世界と「一体」であり、個は個であるとともに「全体」でもある”

世界が彼を見る時、世界は遠くに映り、
彼が世界を見る時、世界は近くに映る。

喉の奥から何かがこみ上げてくる。

嘔吐感を察した彼は、すぐさまトイレに駆け込み、そのフラストレートを吐き出した。

彼は知った。

世界と離れては無くなる私と、世界に近づいてはのまれて無くなる私がいる。

彼は知った。

世界と彼との間には、干渉と牽制が混沌としており、どちらかが、どちらかを吸収しようとしている。

抵抗せんとする私と、反面には身を委ねようとする私がいて、両者の不毛な相克が、世界と私との関係を不調和なものへと至らしめている。

先ほどのフラストレートとは別に、ぞくぞくとこみあげてくる興奮があった。

これまでに感じたことのない熱さが、全身を駆け巡った。

耕一は机の引き出しよりノートを取り出し、思い切り書きなぐった。

「もっと、世界と私を、もっと! 均衡と、調和を! 一体を!」

「不調和な世界との関係を、メロディアスに、フリーに、穏やかに流れる小川のように、自然なものへと回帰することを!」

「表現とはなんぞ? 芸術とはなんぞ? ああ…斯様に惨めな私たちの関係を、呪うこと無く、愛すことも無く、手を繋ぐことはできないものか。ああ…きっとそうに違いない、表現とは、芸術とは、そうに違いない」

瞬間、耕一は表現を手にした。

否、手にしなければならなかった。

生前、母が言った言葉が思い出される。

「耕一よ、誕生する以前は“完全”なのだよ。産まれるっちゅうことは、少なからず完全を崩すということだ。オマエの寝顔をじっと見つめておると、わたしはオマエを産んだことが本当に良きことであったのか、わからんようになってしまうときがある」

しくしくと泣き始めた母のツラが、ノートに浮かび上がってくる。

耕一はそのページをビリビリと破り取って、まっすぐ縦に破った。

「また、僕が母さんを死なせたっていうのだろう? 誕生以前へと回帰する道標、それが母さんだった。一体、母さんの“均衡”はどこにあったのですか? やはり、“完全”とは、再構築するしか手立てはないものでしょうか?」

――これ以上を考えることはできそうになかった。

膨大なる過去の記憶は、非常な重量をもって、数にすれば幾らともわからない。

思考に体力があるならば、一歩も動けぬほどに疲労し、強い眠気が襲ってきていた。

それでも、ノートを閉じる前に、一文だけを最後に綴った。

「もつれた糸を一手一手解ぎほぐし、最後には糸が一本のものであったことを示すしかあるまい」


――彼が”音楽をやろう”と思い至ったのは、その後、間もないことであった。

今となっては、自然な成り行きであったように思われる。


(草稿1)