仲条幸一の魅力を歪曲に語る



「仲条幸一」というアーチストについて今日はちょっと書いてみるよ。


え? 知らない

知らないし、興味もないって?


そりゃあ残念だ。

いい歌をうたってるんだよ。

音楽好きなら知っておいて損はないよ。たぶんね。


仲条幸一というアーティスト





仲条幸一


自らをピアノマンと名乗る東京生まれ東京育ちのシンガーソングライター。
両親共に教育者で5歳から音楽教育を受けはじめ2012年には大学院を卒業。
大学院では現代音楽とサウンドスケープを研究して来たという学者肌でもある。
そんな彼がこれまでの作品の集大成として制作されたアルバムが本作品です。
ピアノの腕前は大学院で研究していた程の実績で実証済み。しかし、彼の本来の才能は歌詞にこそある。
東京で生まれ育った独自の視点で現代を切り取る。
それこそが仲条幸一の魅力です。癒しというよりは、パンクと言った方が的射ていると思います。
クラシカルなピアノとパンクな歌詞を堪能していただければと思います。


東京アセスメント (MusicVideo)




ごみ屋敷 (Music Video)





ボクなりに、大ざっぱに書くよ。

  • ピアノやアコーディオンを弾いて歌をうたっている人
  • 「青年系」の歌詞
  • ピアノがうまい

以上だよ。

以上でじゅうぶんだよ。

・・・いや、テキトウに書いてないよ!汗

これだけで実際じゅうぶんなんだ。

ん?

西野カナamazarashiのときのような考察がないだろ!」って?

・・・いる?

そうか、いるか。


ピアノでの弾き語りって実際どうよ?




ボクなんかはね、「ピアノなんてよくわかんねぇよ」って。

楽器なんて、ギターしか知らないよ。

まぁ、そのへんだよね。

そのへんの敷居をこえてくるのが、仲条幸一。

ピアノがうめぇから。

テクニックで、狭い偏見をぶっ壊しにかかる。

「ピアノってすごくいい楽器なんだな」って思うよ。


世の中には、ピアノで弾き語りをしている人って、ごまんといるよ。

「彼もそのひとりだろ」って?

ちょっと違うね。


へらへら笑って音楽してるナメた連中とは違う


こんな考え方があるんだよ。

「作り手の大半は、音楽に人生かけられずに、半端に辞めるか半端に続ける。
リスナーのせいにすんな、お前らが音楽をダメにしたんだよ。
線路に落ちた『音楽』を助けずに見殺しにしたのは、 音楽よりも自分の命や生活を優先してしまった『作り手』だ。
ボーカロイドや違法ダウンロードにリスナーが流れたのは、お前らの怠慢だよ」

昨今の歌い手に対して、こんなふうに思うことない?

「なにへらへら笑って音楽やってんだよ?
俺たちはお前たちのへらへらした音楽活動につきあってられねぇんだよ。
いつからお笑い芸人になったんだよ?音楽やれよ。
客に媚びうってるような音楽なんて、俺の人生にはいらねぇっつうの。人生かけて、死ぬ気で音楽やれよ


とまぁ、、、こういった意見が世間にはあるんだね。

乱暴だねぇ…。言葉づかいも悪いし…。

でも、ちょっと共感できたり…。


仲条幸一は、クソまじめに人生かけて音楽をやろうとしている。

これってできそうで、できないんだよね。

保身に走っちゃうから。

結婚したいもん。
家族がうるさいもん。
お金ないもん。

だから、「音楽をいったん、後回しにする」

命取りだよ、それ。いったん後ろに回すと、終わりだよ。

キミの「命の恩人」である音楽を、一度でも「二番手」にするとか、ありえないよね?

で、しょーもない音楽をだらだらと制作、

まぁせいぜい、ときどきライブ活動をやる感じですか?

うん。そしたら、リスナーは次々とあらわれる次のミュージシャンに、すぐに移るだろうね。

「命や人生はかけない」というスタンスで音楽に取り組むとそうなる。

多くの歌い手が途中で保身にはしり、音楽のために身投げできない。

やめろやめろ、その程度の熱量ならさっさと音楽やめろ。

リスナーはそんな趣味に付き合ってらんねぇんだよ。


仲条幸一は音楽に半殺しにされている





キミは線路に落ちた『音楽』を助けようとするかい?

「助けたいけど…」と、躊躇した揚句、

自分の命をやっぱり優先してしまって、線路に飛び込めない。

『音楽』を見殺しにするような、半端な覚悟しかない。

そうして見殺しにされた、轢き殺された音楽を見てきた。

「自分の命>音楽の命」という態度で音楽を作れば、音楽の生命力が落ちて当然だ。


仲条幸一は、インディーズの音楽業界にいて、そういった場面をなんども見てきたろう。

彼はその軟弱な亜流の一派ではないと、ボクは思っているんだ。

「殺されるんじゃない、音楽のために死んでやるんだ」

というくらいのエナジーと気概が、『僕はピアノマン』というアルバムから伝わってくる。

「やべぇー、こいつマジだ…」という印象がある。


ところが、そうそう簡単に「音楽のためには死ねない」。

「死にたくない」という現実がのしかかるんだよね。

死ぬのはだれだって怖いよねぇ…。

仲条幸一は、そこと闘っているんだろうね。

「音楽のために俺は命をかけられるのか?」という、精神的にギリギリのラインで制作をしている。

音楽に半殺しにされている。

仲条幸一の売りはねぇ、

このヒリヒリとした感じ、ギリギリの感じが楽曲から伝わってくるところだよね。


苦悩に満ちた青年への鎮魂歌


でもこれってさ、彼だけじゃないよね?

ボクらもそうだよね。

みんな、同じように闘っているんだ。苦しんでいるんだ。自分の理想と、現実と。

で、そこで共感みたいなものが発生するんだね。

まぁ、一言でいっちゃうとね、

仲条幸一って人は、

『苦悶に満ちた青年への鎮魂歌』を歌っている。


ボクらは、まるで「死んでいるような瞬間」がある。

子供のころから夢もってたよ。

かっこいい大人の世界に憧れたよ。

でも実際はちがった。思ったようにうまくいかないんだ。

そうして、あきらめてきた。

子供ころのワタシは、死んだ。

歩いてきた道に、いくつもの自分の死体、「あきらめてきた自分」が転がっている。

泣いても、願っても、死んだ自分は帰ってこない。

自分で自分を殺してきたくせにさ、

ボクらは、自分の死体を、物悲しい眼差しで見つめ、泣いている。

うまくいかない現実を前に、

死んでしまった自分を、殺してしまった自分を、

どうしても捨てることができず、

いつまでも「自分という死骸」をひきずって歩いている。

そんな「死んでしまった自分」へのなぐさめ、鎮魂を、仲条幸一は歌っている。

苦悩をピアノの旋律にのせて歌うことで。

彼は今日も、空に向かって歌っている。


***


なんか、歪曲と偏見で語っちゃったけど、

ボクはすごく彼の歌が好きだ。

ちなみに、『アンカー』と『ケージ』っていう曲がおすすめだよ。

じゃあまたね。