路上ミュージシャンってどうよ?

ギター

やぁ、どうも。

今日は「路上」について書くよ。

路上ミュージシャン、というやつだね。

どういうふうに変わってきたか、ちょっと書いてみるね。


移りゆく路上シーン


まずね、「むかしと比べると、減ったよね?」ってこと。

最近、あんまり見かけなくなったねーって。

「なんで減ったの?」

うん、いくつか理由はあると思う。


アンプを使い始めた


ゆずとか、コブクロとか、

その時代はね、みんなだいたい、「生声」でやってたんだよ。

ところがね、だれかが「アンプ」をもってやりはじめたんだよ。マイクを使ってね。

そりゃあね、そっちのほうが目立つよな。

お客さんが、ずら~っとそっちにもってかれちゃう。

で、それまでマイクを使って来なかった人も「アンプ」を用意するようになった、とさ。


それまではさ、「気軽にギター一本」でできる舞台だったんだ、路上ってのは。

素人にやさしい、素人がちょっとがんばれば出れる舞台だった。

ところが、アンプとか、あと、人の気をひく「看板」とかさ、

そういうの持ち出すようになって、そういうのが必要になって、ちょっと敷居が高くなったんだね。

「意外と大がかりじゃん」ってなもんだ。

なーんか、大変そうで、そんなに気軽でもなくなった。

素人が「素人のまま参入できない」ような。

かりにギター一本でいっても、結局アンプ使ってる人にもってかれるし~って。

んで、路上に参入する新規が減った。

解釈としては、

「路上ミュージシャンが減った」というより、「増えなかった」ってことだね。


これ、まずひとつ。

じゃ、次行くよ。

批判はやめてよ。ボクなんてテキトーなんだから。


「ネット」というローリスクの表現の場ができた


路上ミュージシャンがいっぱいいたころはね、

「そこしか人前で表現できる場所がなかった」っていうのがあるんだ。

ライブハウスっていってもさ、簡単には集まらないし、

たくさんの人に聴いてもらうには、「路上」という場所しかなかった。

素人にとっては、ほんとにそんな感じだったんだ。「路上しかなかった」

選択肢がなかったんだ、当時は。

ところがね、今、ネットが流行り始めて、

歌を聴いてもらう場所が、「路上」だけではなくなった。

たとえばさ、ユーチューブとかで、「歌ってみた」「弾いてみた」とか、あるじゃん?

あれ、むかしは、路上ミュージシャンが「コピー」して歌ってたのと似てるんだよ。


でさ、「ネット」は「路上」と比べると、リスクが低いんだよ。

路上で歌うって、ちょっとリスキーだよ、って。

へんな人にからまれるし、道交法とかあるし、

それだったら、ネットのほうが安全で、ノーリスクだってこと。

「根性なしだなぁー!」って、まぁ、そう怒らないでよ。

ふつう、そっちいくよ。時代的に。

キミの時代に、いまみたいにネットが普及してたら、キミもそうしていたかもしれないよ?


路上で歌うことの効果


あとね、

「路上で歌って、どんだけ効果あるの?」
ってこと。

そうだな、ちょっと比べてみようぜ。

  • ネットで有名になってデビューした歌手
  • 路上で有名になってデビューした歌手

さいきん、どっちが目につく?

ネットだよね。ボクが見る限りはそうだよ。

「ユーチューブで○○万回再生されたミュージシャン」
とか、そういう文句をよく聞くよ。


むかしはね、路上で歌ったら、たくさん人がいるし、

「それが一番近道だ」って思われてた。

ところが、今は、「路上で歌って有名になる」ってことが、

とんでもなく「長い道のり」のように思えるんだね。

「路上から有名になるとか、かなりしんどいでしょ?はてしなくない?」って。


有名になりたくて、多くの人に自分の歌を聴いてもらいたくて、

そこで、「どれが一番近道だろう?」って考えときに、

「路上」という場所が、思い浮かばないんだね、今は。

むしろ、まっさきに思い浮かぶのが、「ネット配信」。

とまぁ、そんな感じだ。


路上ミュージシャンは今後増えるのか?


歌い手

現状、むずかしいだろうね。。。

「路上で歌うと聴いてくれる」、そんな人が増えたら、路上ミュージシャンも増えるだろうけど。

これは、「路上ミュージシャンが好き」って人の人口が関わってくるんだけど、

むかしは、そういう人、けっこういたけどね、「たむろ」する人とか。でも減ってきてるよね。

みんなすぐに帰宅したいんすよ。

あと、「世の中、そんなに甘くねぇぜ」って、サラリーマンなんかは、きっとそう思ってるぜ?厳しいからな、マヂで。


むかしと比べればね、「路上で有名になる」って時代じゃない。歌い手にとっても、聴き手にとっても。

路上で歌うという行為は、そもそも、「歌うことが好きだから歌う」、ということではないかしら。

音楽が好きというキモチ、原点、

たとえ誰も人がとまってくれなくても、いや、止まってくれないからこそ、「自分がどれだけ音楽が好きであるか」が垣間見える。

「人が止まらない」というマイナスなことが、逆に「自分の音楽熱」を証明するプラスになる。

これ、現状、唯一の、「路上」のメリットで、

路上ミュージシャンの売り文句は、「これだけ人が集まる」ってことじゃなく、 「人が集まらなくても歌っている」という、その音楽熱だろう。


サラリーマンはね、「有名になりたい」という欲望じゃ止まらないんだ、たぶん。

サラリーマンが好きなのは、「キミの夢」ではなくて、「音楽」だから。


おまえらの夢なんて知らねぇんだよ。って。

だから路上では「夢」を追いかけるんじゃなくて、「音楽」をやんなきゃいけない。

「聴いてもらうのが好き」の前に、「歌うのが好き」というキモチが前にでなきゃあね、って。

そんなバカはねぇ、世間はほっとかないよ、たぶん。「保護したくなる」って話。


ネットで音楽配信している若者と、わざわざ大変な「路上」を選んだキミ、どっちのほうが「音楽熱」が強いんだろうね、どうだろね。


***


まぁこんな感じで、またしてもフクモリは無責任な発言をしたようだ。

ボクは理想論しか言わないからさ、困ったもんだよ。


じゃあまた。何かの参考になったらいいよ。


『音楽好きと音楽嫌いによる音楽の話』


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