宇宙と死のことを考えれば仕事の悩みなど小さすぎる件


仕事での悩みごと、だれしもあります。

失敗したり、怒られたり、成績がふるわない、とか。

落ち込みますよね。ストレスもたまるし。


そんなとき、天からこんな声が聞こえる。

「どうだっていいよ、そんなことは。」


仕事は大事



仕事は大事だ。

なぜなら、お金がなくては生活していけないから。


でも、ボクは知っているよ。

「仕事が大事」なのは「お金が大事」だから。

キミはお金が必要だから企業の下で働いているんだよね。


たまに、「向上心」「やりがい」「人としての成長」を仕事に求める人がいますが、それはその人の価値観だ。いいと思うよ。

でもキミは違うんだよな?ボクは知っているよ。

キミは毎日毎日、

「なぜ生きているのか?」
「人生とは何なのか?」
「私の人生、このままでいいのか?」


そればかり考えている。

それが『一番重要なこと』だと知っている。

キミの本当の悩み事に、仕事は含まれていない。

みんなと同じように、仕事に「生きがい」や「充実感」を見い出すことができない。


「人生」と「仕事」を天秤にかけられない。

なぜなら、キミにとって、「仕事=お金」だから。

そして、「仕事=お金」≠「人生」だから。

「仕事」ではなく、キミは「人生や死」に軸足をおいている。

仕事のほうは、お金が必要だから軽く身を置いているだけで、「やることをがんばってやる」、ただそれだけ。

決してサボっているわけでもないし、仕事が大事なのは充分にわかっている。

けれど、人生のほうに軸足をおいているがために、「仕事でつまづいてしまう」。

うまくいかない、働いてもうまくいかない、って。

「怒られること」や「仕事で失敗すること」じゃない、

キミの心にある本当の悩み事は、

「人生と仕事がうまく噛み合っていない」こと、


仕事よりも人生に重点をおいているがために、仕事がうまくいかない、働いても何かモヤモヤしていることだ。




目下の仕事、広大な人生



加えて、キミは心の中で思う。

「みんな気づいていない。淡々と同じことを繰り返している。みんな、『人生に気づかずに』働いているんじゃないか?」って。

なるほど。

少々、極端な意見だけど、ボクにはその気持ちがよくわかる。

つまりこういうことだろ?

「すぐ手前にある仕事しか見えておらず、人生という広大な海を見ていないんじゃないか」って。

いつ終わるかわからないものを、人生と呼ぶ。

人生の視点、つまり、「いつ死ぬかわからないってことに気づいていない」

そういうことをキミは言いたいんだろ?

なのに、みんな淡々と平然と働いていることに、強烈な違和感をもってしまうんだろ?


あいかわらずキミは本当に不器用だと思う。

なぜなら『矛盾』しているから。

「人生」を生きるためには、お金がなくちゃいけない。

つまり、「人生」について考えるためには、「仕事」がなくてはいけない。

よって、「人生」と「仕事」の重みは同等なんだ。切っても切れない繋がりがあるんだ。

なのにキミは、

同等なはずなのに、人生の重さばかり気になって、仕事のほうを少し軽いものにしてしまっている。

これが、キミのつまづいてしまう大きなポイントだ。

みんな、ここをちゃんと把握できているんだよ。

だから、違和感なく働くことができるんだ。


「人生という病」にかかった者



ん? この説明を聞いても、キミの表情は、いっそう曇るばかりだね。

「人生と仕事の重みが『同じ』なんて、納得がいかない」って。

そうだな。

どうやらキミは、「人生という病」にかかってしまったようだ。

自分が死ぬこと、自分の一生涯のこと、人生のことばかり考えてしまう、ソレ以外のことはたいして重要ではない。真剣に考えられない。

「仕事」とはお金をもらって生活するためのものであって、人生の重みを支える「土台」でしかないんだ、決して「舞台」ではない、と

そんな「人生という病」にかかってしまったんだね。

どうしたって、仕事を「土台」程度にしか思えないんだね。

みんな、その病にかからないように、ちゃんと社会で生きていけるように、

子供の頃から『教育』という予防注射を受けてきたんだよ。

大人になってからこの病が発症すると、実に厄介だ。辛いだろうね。


仕事なんかで悩むな



でもね、だったら、ボクはこう思うよ。

キミは「人生や死」について真剣に考えられる人間なんだ。

だったら、「仕事のことなんかで悩むな」って。

人生と比べれば、そんなものとてもちっぽけなことだろう?

仕事は大事だ、だからやることはやろう。

けれど、いつだってキミが真っ直ぐに見据えている景色は「人生」なんだろ?


人生は常に死と直面していて、それが『今』であり、

「いかにして死ぬべきか」が問われているのも、『今』。

ボクたちは首をつって死ぬことができる。

一方で、首をつらずに生きることもできる。

もし生きるのならば、なぜ生きるのか?

なぜ、“生きるほう”を選択しているのか?


キミの悩み事は『そこ』だろう。

それこそが、キミが選んだ「土台ではない『舞台』」なんだろう。

それは一生かかっても答えが出ないような強大な悩みごとであり、決して『仕事』が本当の悩み事ではないはずだ。

人生と比べれば、そんなものは実にちっぽけで、1年後にはほとんど忘れている悩みごとでしかない。


人生と比べられないものを「比べない」こと


広大な宇宙の中に人は存在している。

宇宙と比べれば、仕事や、仕事周りの人間関係なぞ、ちっぽけだ。

一人の人間の人生は宇宙のように、深く、広く、果てしない。

人生の大きさは、仕事の大きさではない、宇宙の大きさだ。

だから周りを気にしちゃいけない。

天文学的数字である私の宇宙と、同様にある他者の宇宙を比較することはできないだろう。

比較したらしんどいに決まってる。というか、不可能

自分の宇宙、つまり「人生」を考えるだけで精一杯。

そこに仕事の悩みまでも入ってきたら、余計にしんどい。サイズも種類が違うから、不可能

仕事や他人の価値観は、自分の人生と比べることができない。不可能。

比べても仕方がないこと。


***


「産まれて死ぬこと」、一生涯、ソレは何なのか、どうすべきなのか、

とんでもなく深くて、ソレ以上に大きな悩み事はない。

キミはソレを選んだ。仕事ではなく、人生を悩むことを選択した。



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