本!今年読んで良かった9冊!


2014年も終わりですね。

ということで、しみじみと手帳を眺めておりました。

今年読んだ本の中で、なかんずく、よかったものを挙げておきます。

(※ジャンルはバラバラ、読んだ順にのせていきますよ~)



2014年、読んで良かった9冊



『一冊の手帳で夢は必ずかなう』(熊谷 正寿)



実は、ボク、手帳ってのを今までちゃんと使ったことがなかったんですよね。いい大人がそれじゃいかんだろうと思って、2014年のしょっぱなにこの本を読んだわけです。

これ、たいへん参考になりました。

「手帳を使ったことがない」あるいは「いまいち使いこなせていない」という人は、まずはこちらを読んで、「どういったものを買うか」「どのように利用するか」を参考にしてみるといいと思います。

“手帳は、仕事や時間を管理するためだけのものではない。 夢や、人生をマネジメントするものだ。”

「手帳はカレンダーに予定を書き込むだけ」と思っていた自分はなんと無知だったろう…と思いましたね(汗)そうではなく、目標やToDoリスト、新聞のスクラップ、感銘を受けた言葉などを書き込み、何度も見返すことによって、行動を実現させるツールなんですね、手帳というのは。そういったノウハウが書かれていて、大変参考になりました。


『百瀬、こっちを向いて。』(中田永一)


ペヤングにゴキブリが入ってたら写メってTwitterにのせるか?


先日、『「いいね!」時代の繋がり―Webで心は充たせるか?』という本を読んで。大変、ためになりました。

そんなさなか、この事件があったわけです。


今、コンビニにないんですよね、ペヤング。回収されて。

ちなみに、写メってTwitterにのせたひと、いわゆる“炎上”しているらしい。

どうも、賛否あるようで。。。

本人はここまで事態が大きくなると思ってたのか。これを正義とよんでいいのか。また、はたして本当にゴキブリが入ってのか……

などなど、ボクにはわからないんだけど、ボクの場合、どうするだろう?って。

つまり、「ペヤングにゴキブリが入ってたら、ボクならどうするだろう?」って。

ちょっと考えたのだけど、自分なら、そういうことはしないだろうな、って。

フタをあけてゴキブリが入ってたら、「うわ!マジかよ!!」って思うけど。で、次の日、友達にしゃべるけど。「昨日、ペヤングあけたらゴキブリ入ってたんだよ!」って、話題にする。

でも、写メってツイートはしない。友達にはしゃべるけど、ツイートはしない。


違うんですよ。この行為はそれぞれ、まったく異なる。

「友達にしゃべること」と「写メってツイートすること」、両者はまったく別物で――。

「いいね!」時代の繋がり―Webで心は充たせるか?』という本に、ネットで自己愛を満たすことについて書かれている。

で、ボクがね、もしも、ペヤングを写メってツイートするとするなら、ボクの場合、「自己愛を満たすため」にそういうことをするんですよ、ボクならきっと、そのためにそういうことをする。

つまり、“目立ちたい”とか、そういう理由になるんですよ。なんだかんだ、それしかないですよ。

たとえば、現実の世界で目立たない存在であるがために、ネット上で躍起になって目立とうとする、とか。ボクがネット上に写真をのせるとしたら、きっとそういう理由で行うだろう。

「目立ちたい」「存在感を示したい」といった動機。正義感とかならまだしも、この場合は、どうみたって個人的な欲求でしかない。

他方、「友達にしゃべる」のは、これとは少し異なる。友達を楽しませようとして、話題を提供しようと思って、しゃべる。つまり、自分のためではなく、相手のために(もしくは相手と自分との関係のために)、しゃべる。「友達にしゃべる」ってことは、目の前に、明確に他者が存在しているということ。

ネットは違う。「明確な他者」ではなく、「不特定多数」がそこには潜んでいる。ちやほやされたいのなら、ネットに投稿したほうがその可能性は高い。たとえ現実世界に友達が0人であったとしても、ネット上では書き込みは広まっていくのだ。


ちょっと話ズレました。

ペヤングにゴキブリが入っていたとしたら――“目立ちたい”という、現実世界の渇きを潤すために、ボクはネット上に写真投稿するだろう。ボクの場合は、その理由しか考えられない。そういった動機しかない。

で、躊躇するんですよ。

「これでいいんだろうか?」って。「こんな個人的な自己愛欲求を満たすために――?」って。

自己憐憫に気づくんです。現実世界で満たされていない思いを、こういう形で慰めようとする。ところが、一体その先に何があるだろう?なにもないんじゃないか――という思いにいたって、むなしくなって、Twitterに投稿するのをやめる。

ネタとしては大変話題性があるものだから、友達に話すことはあるだろう。が、ネットに投稿するとなると、その理由と動機は、自分の場合、どうも幼稚すぎるものになってしまう。結果、ネット投稿は控える。


★★★

以上です。

世の中で話題となっている事に対し、「自分ならどうするだろう?」と、自分に置き換えて考えてみる。さいきん、そういうのにハマっています。

ではまた、@ryotaismでした。

関連記事:ネットで本名を晒す危険性~低能本名主義に愛を込めて花束を~

JR SKISKI広告『答えは雪に聞け。』が有効的だ!と思う理由

http://jr-skiski.com/
JR SKISKI

どうも。年末だね。うん。

駅にポスターが貼ってあって――。

『答えは雪に聞け。』

JR SKISKIのキャッチコピー。昨年は『ぜんぶ雪のせいだ。』、でしたね。

“JR SKISKI”ってのは、JR東日本によるスキーのキャンペーンで、「スキーに行きましょう、JRの電車に乗って。」、ということだと思います、たぶん。

季節感もあって、いいですね。

で、そんなわけで。ボク、出勤時にこのポスターを毎度みかけるんです。

そして、思うんです。

「うまいキャッチコピーだな」って。

昨年の『ぜんぶ雪のせいだ』も、その前の『青春は、純白だ。』もよかったですけど、今回のは特にいろいろと思うことがあった。

なので、ブログに書いてみます。休日だろうがクリスマスだろうが、ボクは暇なんですよ。

「やめたい気持ち」はあっても「やめる理由」がないとやめられない


よし、書こう。ブログ、書こう。

今日一日の休みを無駄にしないためにも、一生懸命書こう。ブログしかやることがないなんて、とても恥ずかしいけれど、仕方がない。でもいいんだ、いいんだよ。

さて――。

さいきん、「タバコやめましたよ~」ということを無駄に発表してるボクですが、実は、これまでもね、何度か禁煙をこころみてるんですよ。でも、ことごとく失敗してきたんですね。

これ、なんでか? なんで失敗してきたか? 今ならわかるんです。

「やめたい気持ち」はあるけれど、「やめる理由」がなかったからなんですね。だから失敗するんです。

やめたいという気持ちはある、だから禁煙をこころみるのですが、「やめる理由」がない、ゆえに成功しない。続かないんです。

これね、この理論、他にもいろんな場面で通用すると思ったんですよ。

そういうことで、ブログ、書こう。※タバコの話は前半だけです。


「やめたい気持ち」+「やめたい理由」が必要

禁煙方法|ボクの場合を書いてみる


タバコを吸わない人からすれば、どうでもいい話なんですけどね。

まずはじめに、ボクがどの程度の喫煙者であったか書いておこう。

喫煙歴は10年。一日平均1箱以上。休日になると2箱。


ちなみに、吸っていたタバコの銘柄は、『マイルドセブンのスーパーライト6ミリ』。

1ヶ月でだいたい1万5千~2万円、タバコに払っていた。

禁煙効果|1ヶ月でどんな変化が起きるか?


どうも。ちょっと久しぶりのブログになった。まぁいっか。

そんなことより年末だ。早いね、そして寒い。クリスマスはデートですか?幸せなことはいいことですよまったく。

ところで――。

ボク、タバコをやめたんです。

喫煙歴10年、一日平均1箱以上吸ってたボクですが、ついにやめました。


といっても、やめてまだ1ヶ月です。(え!

「たかが一ヶ月程度で『タバコやめました』とか、ふざけんじゃねぇぞ!!」
という声が聞こえてきそうですが、、、まぁいいじゃない。かたいことはいいっこなしで。

それに、なんだか、「もう完全にやめれたなぁ」という感じなんですよ、ボク的に。

海を前に『広さ』を見るか、『深さ』を想うか@沖縄旅行

沖縄の海2
沖縄の海

この前ね、沖縄に行ったんですよ。3日間くらい。

でね、言うんですよ。

「わーー!海、広ぇなぁああ!!」って。

言うんですよ。そりゃ言いますよ。

でもね、俺、思ったんですよ。

「海の見方」って2つあるよなぁ、と。『広さ』と『深さ』、この2つ。

というのも、沖縄に行った初日、沖縄県立博物館に行ってきたんです。そしたら、特別展で、『水中文化遺産~海に沈んだ歴史のカケラ~』というのがやってて。観たんです。


おもしろかったですよ。水中に眠っていたものが展示されていて。遥か昔に沈んだ船の部品とかね。貿易で使われていた茶碗とか、なかには剣とかもあった。

こんだけ古いものが残っているのは、理由があって。

ふつうね、地上だったら、“風化”してますよね、って。

これ、水中だから、ちゃんと残っていたわけです。水中の奥深くで眠っていたから、壊れることなく、残り続けていたわけです。

で、沖縄初日にこんな展示を見ちゃったものだから、海の見方がおかしくなっちゃって。

ふつうね、沖縄着いたら、「わー!海、広いい!そして青いい!」って言うもんですけど、「んー…。これ、こいつ、とんでもなく深いんだよな……」なんていう、ちょっと変な見方になってしまって。

で、思ったんですよ。「んーでもあれだな、海の見方って2つあるよな」って。

目に映るのは、肉眼で確認ができるのは、海の『広さ』。他方、『深さ』は目では確認ができない。『深さ』は頭のなかの想像である。

沖縄の海3

で、思ったんです。というか、よく云うじゃないですか。

『目に映るものがすべてじゃない』って。

これ、かっこいい言葉ですけど、どういうことかって、つまり、今回の海の例でいうと、『広さ』じゃなくて、『深さ』にも目を向けようなってこと。表面的な部分だけで判断するんじゃなくて、奥行き、立体的にモノをみる視野、つまり想像力をもとうぜってこと。

目に見える部分、表面だけを見ていると、けっこう危険なんですよね。

人間関係でもよくあるじゃないですか。その人の短所ばかりが目について、長所をみない、とか。だいたいの人間は性格に裏表があるのだけど、表面だけでその人を判断しちゃったり。そうすると、人間関係がぎこちなくなってくる。人を許せない、納得がいかないことが増えてくる。

「良い部分もあれば悪い部分もある」「Aという考え方もあればBという考え方もある」、そういった複数の見方/視野をもっているほうが、この世の中っていうのは住みやすいんですよね。一元的な見方では、“頑固”になってしまったり、“エゴ”になってしまったり、結果、生きにくくなったりして、周囲から腫れ物扱いされることもある。

人間関係に限らず、なにかモノを考えたりする際は、“目に見える表面”だけで判断するのではなく、その裏側、奥行き、深さを想像することで、新たな発見、発想が生まれるかもしれない。海の『広さ』だけに目を奪われるのではなく、その『深さ』を想うことで、またひとつ、海の神秘を知るように――。

★★★

海を前に、『広さ』を見るか、『深さ』を想うか――そういうところに、性格とかも、あらわれるような気がします。まぁ「だからなんだよ?」という日記でした。すいません。

最後に、ぜんぜん関係ないんですが、SONYのHDR-CX535で動画をとってきたのでのせておきます。いや、綺麗だったなほんと。

以上、@ryotaismでした。




『ワイドナショー』が面白い理由を考えてみた。


本格的に寒くなってきましたね。

ところで。どうでもよいハナシなんですけど、“毎週欠かさずみているテレビ番組”ってありますか?

ボクね、いっこだけあって。これだけは毎週みてるんですよ。

『ワイドナショー』って知ってます?

フジテレビで、日曜の朝10時からやってる1時間の番組。

松本人志さん、東野幸治さんがでてる番組で、ワイドショーやニュースについて、芸能人がいろいろとしゃべる、トークバラエティ番組。

ボク、毎週欠かさずみてます。番組が始まってから、今まで一度も見逃したことがない。ぜんぶみてる。(録画ではあるけども)

「だからなんなんだよ?」って話なんですけど、おもしろいんですよ、この番組。

ちょっとそのへんについて、書いてみる。

「茶碗にご飯粒ひとつ残さない理由」――教育と環境と美意識


ボクね、茶碗にご飯粒ひとつ残さないんですよ。

いや、まぁね、どうでもいい話であるということは大変よくわかっているのですが、これね、「なんでだろ?」って思ったんです。

この前、知人とご飯を食べたときの話。

食事を終えて、ちらっと見たんですよ。その友達の茶碗を。

そしたら、茶碗にご飯粒、いっぱいついてるんですよ。

こういう人、たまにいますよね?

2、3粒じゃなくて、茶碗にたくさんのご飯粒をつけたまま(残したまま)、食事を終える人。


で、ボク、なんとなく、聞いてみたんです。できるだけソフトな感じで。

「けっこう、ご飯粒、残しますね~」って。

そしたら、彼、キョトンとした感じで、「え?」って言ったんです。「それがどうしたの?」って、不思議な顔をされた。

つまり、彼にとっちゃ普通のことなんですね。いつものことなんです。不思議な点などどこにもないんですよ。

「あー、なるほど」、と。そのとき、ボクは気づいた。

つまり、「ラーメンの汁を残す」のと同じなんだと。

もったいないとか、そういうものではない。茶碗にご飯粒がついてても、「残す」とか、「食べ終わっていない」とか、そんな感覚はどこにもない。彼の中では、“ちゃんと食べ終わっている”のだ。

「なるほどなー」と思っていたら、今度は逆に、彼から言われた。

「いや、てか、めっちゃキレイに食べますね!?ご飯粒ひとつないじゃないですか!」って。

いや、そりゃそうだ。ボクはいつもそうだ。一粒も茶碗に残さない。なにがおかしいのだろう?ボクは子供のころからずっとそうである。

そのことが、彼からすれば、「どんだけ丁寧なんですか!きれい好きですか!?」、ということらしい…。

んー。そう言われると、ちょっと考えてしまうのだ。

なんでボクは茶碗にご飯粒ひとつ残さないんだろうか?

Youtube広告の『好きなことで、生きていく』という言葉が好きじゃない。

Youtube

毎朝ね、新宿駅で降りて、通勤するんです。

そしたらね、いたるところにポスター広告が貼ってあるんです。

ひょっとしたら、Youtubeとかで見たことあるかもしれない。

『好きなことで、生きていく』っていう言葉。

YoutubeおよびYoutuberの広告ですね、コレ。

ボクね、なんかね、『違和感』あるんですよ。この言葉を見ると。

この言葉ってね、“挑発的な言葉”だと思いませんか?

これ、「『好きなことで生きていない人』に向けて、好きなことで生きてませんよね?」と言っているように聞こえませんか?やや極端かもしれませんが。

向上心がないのは満たされているからか?

向上心

「贅沢な悩み」に違いない。

ちかごろ、“満たされている”ような気がする。

充足感――「日々に不満がない、どちらかというと満足している」

今のボクは、そんな状態かもしれない。生活にたいした不満がない、まずまず満足している。

しかし、その結果、ちょっと極端な言い方ですが、『何にもやる気が起きなくなった』。たとえば、「行動を起こす」とか、「何かを変えてやろう」とか、そういった気持ちが萎えてきている。

以前は、もっと、いろんなことに焦っていた気がする。「やらなきゃ」「急がなきゃ」「変えなきゃ」「動かなきゃ」「このままじゃダメだ」といった焦燥感や向上心の類に囚われていた。

ところが、精神的に満たされてくると、そんな思いが薄らいでくる。“焦り”がなくなる。切迫感が減って、“のんびり”と過ごすようになった。

『……なにか、これでいいのだろうか?』と、思った。今日、思った。

「贅沢な悩み」であることに違いはないし、こんなところにわざわざ書くことでもないと思う。まったくバカだと思う。

――が、どうにも簡単に見過ごしてはいけないような違和感があって、丁寧に取り扱おうと思ったのである。

今から書くのはボクの幼稚な“自分語り”だ。そういうのを読むのが好きな変わり者だけが読んでほしい。


80点の毎日――“満たされている”とは?

「弱いつながり」という生存戦略――佐々木俊尚『自分でつくるセーフティネット』感想

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/asin/4479794328/amazon142-22/

ITジャーナリスト・佐々木俊尚さんの『自分でつくるセーフティネット~生存戦略としてのIT入門~』をKindleで読みました。


<内容紹介>
国 と会社が守ってくれる時代は、もう終わり。 「ビジネス強者」になれない私たちが生き残るには……。 リストラされても、お金がなくても、会社がなくなっても ゆる~いつながりがあれば、誰かが助けてくれる! もはや、お金や会社の名前、肩書きだけでは、セーフティネットにはならない。 これからは「善い人」が信頼されるネット人格の時代です。 SNSでゆる~くつながる「最強の生存戦略」とは?


『自分でつくるセーフティネット~生存戦略としてのIT入門~』を読んで



“セーフティネット”――つまり、“困ったときに助けてくれるのは何か?”。

守ってくれる“箱”、例えば会社などが崩壊しつつある現代において、「弱いつながり」や「情の世界」がセーフティネットとなる、という話。

『弱いつながり』というのは、ネットで出会った人とか、何かのパーティーで名刺交換をしただけの人とか、勉強会などでときどき顔を合わせる人、いまは年賀状交換してるだけの高校の同級生。ゆるやかな人間関係のこと。Facebook上でのつながりがもっとも代表的でわかりやすい

こういった『弱いつながり』が、これからの生存戦略・セーフティネットとなるだろう。“助けてくれるだろう”、ということ。

……さて、この時点で、「は?なにを理想論を言ってんだ」という人は、きっとこの本を読んでも、なんのためにもならない。

たしかに、ボク自身、「理想的すぎやしないか?」と思う箇所もあった。特に、「Facebookって、そんなに!?え!?そんなに最強ツールなの!?俺、ぜんぜんやってないんだけど!」と思った…。Facebook全盛期の頃、数年前の本なのかな?と一瞬思ったが、[2014年7月出版]なので、けっこう最近だし…。

“Facebookはおじさんのものとなった”、という言説もあるし、ちょっと前に、『学問ノススメ』で、古市さんもおっしゃってましたが(古市憲寿さん(社会学者)|ラジオ版 学問ノススメ)、「SNSとか騒ぎ過ぎでしょ、そんなに万能じゃないっしょ」と、ボクもそう思うんですね。だからこそ、この本の内容に対しては懐疑的にならざるをえなかった。

が、おもしろい。おもしろいんですよこの本。なんでかって、「理想」を語っているからですよ。

特に終盤では、「『善い人』になりましょう。それが生存戦略となる」といったことが書かれていて、つまりは、「『善い人』だと助けてもらえる」という、理想的な『情』の世界が描かれている。

FacebookやITは、そんな世界を実現させるんじゃないか、と。

が、ネットに関していえば、そもそも『お金』がいるんです。お金がなかったら、パソコンも月々のスマホ代も払えない
。さらに、ネットを使うには、そこそこのリテラシーや知識も必要で。

余談ですが、土木警備員として働いていたとき、まわりは就職のできない借金持ちのおじさんだらけで、スマホやパソコンもってる人なんてほとんどいなかった。格安SIMどころじゃない、みんなガラケーで、休みの日はパチンコか競馬――。

Facebookは登録無料だけど、利用するにはネット環境が必要なんであって、つまりは有料です。あと、知識も必要です。ネットに月々5千円も払う余裕がない、あるいは、まったくパソコンやネットを使ったことがない人にとっては、登録することでさえ難しいシロモノです。

そういう人たちに、本書のセーフティネット(生存戦略としてのIT)を述べても、「んなこと言ってる暇あったら、さっさと汗流して働けバカ」と一蹴されて終わりです。ヘルメットかぶって、スコップをにぎれって話です。

でもね、いいんですよ。現実はそうかもしれないけど、理想は語ってなんぼだと思うんですよ。


おそらく、この本には、「弱いつながり、網の目でつながる『情』の世界――それを実現させるインターネットであってほしい」という著者の願望もあるんだと思う。(ちなみに本書の最後は、“わたしはそう信じています”という文で締めくくられている)

本書で述べられているセーフティネットが、現実的な案であるか、あるいは、現実化するものなのか、そんなの誰にもわかりっこない。

が、もし月々5千円程度のネット料金で“セーフティネット”を築けるならば、それは大変安いことであるし、ITだけに限らず、何かあったときに助けてくれるかもしれない「弱いつながり」を大切にするにこしたことはない。

そして、『善い人』でなければ、「弱いつながり」はセーフティネットとして機能しない。なんの意味も効果もない「0のつながり」で終わってしまう。

ボクはね、この本を読んだとき、「理想論だろ…」と思いつつも、一方で、「こうあればいいなぁ」と、期待している自分がいることに気づいた。

なんでもかんでも疑った見方をして、批判的態度で、ダメな部分をつついてばかりでは堂々巡りじゃないか。ダメ出しじゃなくて、ポジ出しの発想でいこう、と。(参照:社会をアップデートするために僕らができること / 荻上チキ氏インタビュー | SYNODOS -シノドス-

物事には「良い面」「悪い面」の両面が存在する。「悪い面」ばかりをみていると、それが現実となることがあって、語るならば「良い面」を、愚かでも「理想」を。インターネットに関して、ボクは良い面の可能性を語りたいし、そして多くの人がそれを期待していたからこそ、ここまでインターネットは成長してきたんじゃないか――と思う。

最後に。

印象に残った箇所、一部のせておきます。

『Ask.fm』の使い方!――「人間性」と「信用」を交換する


こんにちは。眠いですね、はい。

佐々木俊尚さんの『自分でつくるセーフティネット』という本を読みました。



内容については後日書きたいのだけど。今回は一部引用で紹介。

“自分の人間性をさらけ出すと、自分は信頼を得られる。実はインターネットって、こういう「交換」が得意なシステムなんですよね。”
自分でつくるセーフティネット』(佐々木俊尚)


『自分の人間性やプライベート』と『信頼』を交換している――というのが言わんとするトコロ。

「信用」と「プライバシー」を交換するような仕組みがインターネットにはあって、信頼を得たり、教えてもらうためには、『交換条件』としてプライベートや人間性、情報の提供が必要、ということ。

で、「もうちょいボクも人間性をさらけだしたほうがいいのなかなぁ」と思いました。

そこで、「『Ask.fm』でもやってみようかなぁ」、と。

『リベラルアーツ』とは?――勉学とは違う視点で考えてみた


ボクみたいなボンクラが言うこっちゃないのは重々承知なんですけど、

知識というのは、偏っていてはいけないな、と。

さいきんね、池上彰さんのおとなの教養―私たちはどこから来て、どこへ行くのか?
という本を読んで。

よかったんですよコレが。おもしろかったです。



“リベラルアーツ”
という言葉があって。

専門的な技術や資格が求められる一方で、幅広い知識、一般教養もちゃんと身につけておきましょう、つまり、『総合力』を養いましょう、ということ。

『かたよった知識じゃいかんぞ』、ということですね。

で、本書では具体的に、次の七科目をあげている。

  1. 「宗教」
  2. 「宇宙」
  3. 「人類の旅路」
  4. 「人間と病気」
  5. 「経済学」
  6. 「歴史」
  7. 「日本と日本人」

この七科目は、池上さんチョイスであって、他にも大事な科目は色々あると思う。例えば、『芸術』とか。(“リベラルアーツ”ってのは、けっこう昔からある考え方で、詳しくは【リベラル・アーツ - Wikipedia】を参照されたし)

いずれにせよ、いろいろなことを学んで、総合力を身につけたほうがいい、と。でないと、自分がもっている「専門性」を活かすことができないんじゃないか――コロコロと価値観や生活環境が変わる世の中だからこそ、全体を学び、普遍性を見つける必要がある。

んー…ところで。

そういうけどもさ、ボクみたいな庶民は、具体的に、日常生活の中で、どうしたらいいのだろうか?

考えたことを、チョット書いてみる。

『笑顔』の作り方――“笑顔が苦手”なのは、私の怠慢と努力不足です。

笑顔 画像

『笑顔』が苦手なキミに向かって書いている。

うまく笑顔がつくれないキミのことだ。

先に言っておく。

それはキミの『怠慢』だ。

笑顔を作れないのは、単にキミの努力不足、『怠慢』である。

普段から笑顔である人、ニコニコしている人がいるだろう。

彼らとキミは違う。

キミの場合、努力しなければ『笑顔』にはなれない。

『気づけば、笑顔になっていた』などということは、ありえない。

自然な笑顔など、待てど暮らせどやってこない。

“楽しいことがあれば”、“環境がよくなれば”、自然と『笑顔』になる――そんなわけがない。『怠慢』にも程がある

笑顔な苦手である者は、笑顔になるための努力しなければ、『笑顔』にはなれない。


そんな話を今回は書いてみる。

これは『笑顔』が苦手なキミにむかって書いており、そんなキミが笑顔になるための、死に損ないによる文である。

電車の中で寝るコツ!『トレイン・スリープ』!

電車

どうでもいいことを書きます。

毎朝毎晩の通勤時、ボクは必ずといっていいほど電車の中で寝ます。

……ほんと、どうでもいい話なんですが、

『よくもまぁ、毎回毎回、電車の中で都合よく寝れるもんだなぁ』と、自分でも思うんですよ。

で、ちょっと考えてみた。

どうやらね、コツがあるみたいなんだ――電車の中で寝るコツが。

ボクは、『仕事が終わった後、自宅で何をするか』をとても重視していて、結果、寝不足になってしまう。朝までブログを書いたり、映画を見たり、本を読んだり…。なるべく有意義、生産的に過ごしたいんですね。

そういう生活であるから、暇な時間があったら、少しでも寝ておきたい。したがって、どうでもいいように思えて、『電車の中で寝る』というのはけっこう大事なんです。

で、“電車の中で寝る”ことを、ちょっとかっこよく言い換えて、ボクは『トレイン・スリープ』と呼んでいます。(カッコ悪いとか言わないでください!ライフハックです!!)

そんなわけで、、、

『トレイン・スリープ』、“電車の中で寝るコツ”をいくつか書いてみます。

親知らずを抜歯して思った、『支え合う』にはどうすればよいか?

支え合う

昨日、歯医者さんで、親知らずを抜歯してきた。

いずれ仕事をやめたら、保険証がなくなるので、その前に虫歯になる可能性が高いところを事前に処置しておこう、と。

昔、お金が払えなくて、歯医者に行けず、めちゃめちゃ苦労した記憶がね…えらいトラウマなってるんですよ。

歯医者ですが、事前予約せずに、飛び込みだったのだけど、1時間程度であっさり終わった。先生、ありがとうございました。

抜いた親知らずを、先生に見せてもらったのだけど、グロかったなぁ。抜いた歯を見せる制度、いるかな?別に見たくないっすわ俺。

――まぁいいや。

さて、奥歯にズキズキとした痛みを感じながら、ブログを書きます。

どうでもいい話ばかり書いてさ、「はたして自分はこれでいいのか?」と悩んでいます最近。

『音楽は好きだけどライブは嫌い』、それってダメなこと?

音楽ライブ

先日、この記事を読んで――。


おもしれぇな、と。わかるわかる、と。

苦手なんですよね、ライブ。音楽ライブ。

ちょっと、ボクも思うところがあるので、書いてみる。

尚、音楽が好きな人は,、下手くそな毒舌が多々あるので、読まないほうがいい。というか、読まないでください。どうかお願いします。[戻る]ボタン、あるいは[閉じる]ボタンを押しましょう。

貯金方法:ひとつの口座でやりくりするな!


以前から、『節約』に関するブログを何本か書いてきました。


私、20代のころ、すこぶる貧乏だったんですね…。キャベツ太郎ばっか食ってたという。“貧乏あるある”ですが、お金がないときに虫歯になるとマジで大変という。歯医者に行くお金がなくて、えらい苦労した過去があります。

で、30代からは、これじゃいかんだろうと、いい大人がキャベツ太郎を主食にしてちゃいかんだろうと思って、節約を意識し始めたんです。

いわゆる、『節約術』とよばれるものを、あれこれと実践してきました。

その結果、貯金ができるようになりました。短期間でお金を貯められるようになった。

20代のころの私を知る仲間は、皆、驚きます。

「クソ貧乏野郎だったお前が、なんでそんなに貯金できるようになったんだ!?」、と。

うん。自分でも驚いている。

で、今回、私が実践して、『劇的に効果があった貯金の仕方』をのせておきます。

これを行うようになって、明らかに、いやマジで、目に見えて明らかに、貯金ができるようになりました。


日々の出費の節約とか、そりゃいろいろありますが、劇的に効果があったものを一つだけ、一つにしぼって、ご紹介します。

これをやっていかったら、たぶん、私は貯金できていなかったと思う。いや、ほんとに。

dynabook R73レビュー:16万のパソコンを買って思ったこと。

dynabook R73

こんばんは。

先日、パソコンを買いました。

dynabook R73/W6M


東芝ダイレクトの会員価格で、税込159,840円でした。おおよそ16万。高いですねー。

……いや、ちょっと待て!俺だって、だいぶ節約したんだよ!職場にはハンドメイドのおにぎりを持って行って、周りは美味しそうな弁当を食べている中、くしゃくしゃのサランラップで包まれた白米をほおばって、なかなかわびしいものがあったんだよ、うん。

が、節約ばかりしてるのもアレだと思って、たまにはパーッとお金を使おうじゃないかと。細かいことは気にせず。

で、そんなこんなで――。

今回買ったのは(レビューするのは)、東芝ダイレクトのWEB限定モデル(SSD搭載)です。市販モデルではありませんのでご注意を。

市販モデルとどう違うかというと、、、

HDDではなくSSD(256GB)がある。

あと、東芝ダイレクトのほうは、メモリが8ギガ×1(スロットに余り1)市販モデルは4ギガ×4ギガ(スロットに余りなし)。将来的なメモリ増設を考えて、前者のほうが都合がいいと思った。

さらに、これは蛇足ですが、東芝ダイレクトのほうはアキュポイントつき(キーボード真ん中辺りにある、ちっちゃいボタン)。

市販モデルのほうがずいぶん安いのだけど、どうしてもSSDを試してみたかった。さらに、価格コムの格安ショップで買うのは心配だったし、直販購入で安心を得たかった。

で、東芝ダイレクトで注文してから、3日ほどかな、無事に届きました。

買ってみて、使ってみて、思ったことを書いてみます。

dynabook R73/W6M

『自分の殻を破る』ために『自分を壊す』こと。

殻を破る

『自分の殻を破る』

よく聞くけれど、はたしてこれはどういう意味だろうか?

「しょーもない言葉だな」と思う。「うるせぇな」と思う。

自分はそういう冷めた人間だ。

「むなしい」と「つまらない」が、感情を牛耳っていて、あらゆることに興味がない。前向きな言葉は、うるさくて、うっとうしい。きらびやかな言葉が世間を飾っているのをみると、なにか、沸々と憎悪めいたものがこみ上げてくる。殺伐とした、どす黒い感情と、わけのわからない復讐心が湧いてくる。頭を掻きむしる。私はリストカットもしないし、自殺願望もない。が、それに近い、破滅衝動にかられるときがある。

そのような者だからか、『自分の殻を破る』などと聞いても、なんとも思わない。無視をする。また、たとえば未来、政治や経済、そんなもの、「どうでもいい」と思うときがある。

いくらかドン引きした人もいるかもしれないが、たしかに私にはそういった冷めた側面がある。「健全ではないな」と、自分でも思うことがある。が、所詮はそんなもの、「心理学的にみるならば~」などという言葉で片づけられてしまうものでしかない。たいしたサンプルにもならない、巷にありふれたライフスタイルである。

そんな私であるが、不思議と、言いたくなることがある。言わなきゃいけない瞬間がある。

“自分の殻を破りたい”


夜中、孤独と仲良く過ごした夜中、自分に問うてみる。

「孤独と仲良くなって、凝り固まった自分の価値観の中だけで生きて、そんなんじゃいつまでたっても、私は私自身を壊すことができないんじゃないか?」

『浮気したアンタが悪いんでしょ!』と彼女が言うとき、男は考察する。

男と?

想像してほしい。

浮気をしてしまった彼に、彼女はこう言った。

『浮気したアンタが悪いんでしょ!』

このような場面、想像してほしい。

――と、その前に。

まず、“確定していること”を明示しておこう。

彼は浮気をした。これは確かな事実である。

それは、彼女の想いを裏切る行為であった。

彼女は深く悲しみ、傷ついた。

――と、“ここまで”が、“確定していること”である。

しかし、“ここから”は、“確定していないこと”である。


……は?どういうこと?どういう意味?

うん。では、書いていくよ。

『ネットもっと』のメニューや手数料がわからない?

no way

ぼけ~っとテレビを眺めていたら、弁当で有名な『ほっともっと』のCMが流れた。

岡田将生さんが出てて、「イイっすね」と、意味もなく男前につぶやく、例のCMである。実際、男前だから、いいのである。違和感など感じてはいけない。





なにやら、「弁当をネットで注文できるサービス」を始めたらしい。

その名も、NettoMotto(ネットもっと)』というらしい。

「ぉお。これは便利そうだなぁ」――試してみたくなって、早速ググってみた。



公共料金の支払先がネットで変更できて便利なのだけど…

インターネット

ほんと、どーーーーーでもいい話なのですが、、、今まで使ってたクレジットカードの有効期限が切れてしまって。

で、「電気代」「ガス代」「ネット料金」の支払先を更新しなくちゃいけなくなって。

正直、めんどくさいなあ…と。

電話して、申込書を取り寄せて、住所やクレカ番号やらを記入して、ポストに入れて返送する――という一連の手続きをしないといけないんだろうな、と。

『ネットで手続きできんのかいッ!!』と思って検索したら、、、

どうやらできるらしい。

単に、ボクが無知なだけでした。お恥ずかしい。

ちなみに東京電力はこちらから↓


東京電力だけじゃなく、関西電力、九州電力、四国電力…各電力会社、いずれもネットから手続きができるようです。

その他、「ガス代」も「携帯料金」も「ネット料金」も、ぜんぶネットから手続きできました。

いやー、便利だね。

“申込書を取り寄せて返送する”などという手続きは、今後、どんどん無くなっていくんだろうな、と思います。

30歳で初めてExcelを使ってみて、感動した6つのこと

Excel

うん。そうなんだ。実は。

俺、30歳で初めて『Excel』というものを使い始めたんだ。これまで一切、使ったことがない。

フツーね、サラリーマンみたいなことしてたら、だいたいは20代前半で覚えるものだけど(早い子なら学生のうちにマスターするものだけど)、きっかけなくて、今までExcelというものを一切使わずにこの年齢になってしまった。

20代は、路上で書道作品を売ったり…道路警備員したり…ひきこもっていたり…ふらふらしていたものだから、Excelなどというものを使う場面がなかった。

が、先日、仕事で使う場面があって――。

そのとき、俺、まったく役にたたなかったんすよ。

『は?なんすか?“セルの結合”ってなんなんすか?』というレベルで、、、簡単な表さえ作ることができなかった。

「え……できないの…?(こ、こいつ…マジで使いもんにならねぇ!!(゚Д゚;))」みたいな雰囲気もあるし、正直、「うわー、情けねぇな俺」って思ったんですね。

HTMLやらCSSを多少知ってても、大多数のサラリーマンが使えるExcelやPowerPointを全く使えない自分が悔しかった。うん。

こりゃいかんぞ、と。

「そんなもん知らなくてもかまわん!生きてりゃいい!」などと、開き直る勇気も私にはないので、以来、時間あるとき、Excelをこつこつ勉強するにようになって。

いろいろ調べながら、家計簿とか試しに自分でつくってみたり。年間スケジュール表や、ブログのアクセス数・収益表なんかもつくってみた。

で、なんとなくだけど、ある程度使ってみて、俺、思った。

『な、なんだこれ、すげぇ便利じゃねぇか…! そして、表をつくるの、ちょっとおもしれぇじゃねぇか!!』

多くの人がExcelを使う理由がわかったような気がする。こりゃ便利だわ。(遅

といっても、俺のExcel知識なんざ、まだまだ未熟の、ひよっこなんですが、、、

30歳で初めてExcelを使ってみて、わかったこと、気づいたことをちょっと書いてみるよ。

以下、初心者の弁なので、ベテラン勢は笑うんじゃねぇよ!ぜったい泣くからな!


「ワクワクする」という判断基準――即効性にためらうな


いい歳してね、最近、思ったんです。

『ワクワクすることをしよう』、と。

いったい私は何をすべきなんだろうかと、自問自答することがあって。“やりたいこと”、“やらなければならないこと”、いろんな言い回しがあるけど、よくわかんないですよ、そのへんの線引とか含め。「じゃあ一体、何をやればいいんですか?」って。よくわかんない。

結局ね、『自分が楽しいと思うことをやろう』ってことだと思うんです、思ったんです。

自分に問うてみる。

『私は何をしたいか? 何をしなければならないか?』

もうね、それって、その解って、 『ワクワクすることをしよう』『楽しいことをしよう』、というところに行き着くと思うんです。

今日はそんな話を少しだけしてみる。

たいへん幼稚なことを書き連ねるので、したがってアダルトは無視してください。

人の悪口ばかり言う人、言わない人:悪口の心理について


『人の悪口を言わない』、ということ。

最近、人の悪口、言ったことありますか?

ついつい言っちゃうもんだろう、とは思う。

でもやっぱね、人の悪口を言うことは、「あかんなぁ」と思うんです。

なぜか? なぜ人の悪口を言ってはダメなのか?

自分の考えを書いてみる。いつもどおり無視してほしい。

“肉体は有限、魂は永遠”――現実的な死がわからない?

はてな

もうね、タイトルからして、『帰れよ』って感じなんですけどもね。

ちょっと聞いてほしい、友だちがいなくて。だからネットに書くっていう、まったく哀れで、いっそのこと消えたほうがいいかもしれないなぁ。

さて、云います。聞きます。

“「肉体は有限、魂は永遠」”


『肉体』ってのは、生老病死、朽ちるものなんですね。

いわば「物(モノ)」なんですよ、肉体は。“壊れるもの”。

とどのつまりが、肉体は有限物で、“いつかは無くなるもの”。有限なもの。

かたや、『魂』っちゅうのは、輪廻、捉え方次第で「無限」になりうる。

『魂』は、『肉体』と違って、“「形」がない”。


「空気」をイメージするとわかりやすいね。形・輪郭がないから、「消える」「無くなる」ということがない。したがって、「永遠」「無限」と捉えることが不可能ではない。

で、“「肉体は有限、魂は永遠」”なんてことが云われたりするんですね。

これって、簡単にいえば、「形があるかないか」だけの話だと思うんですねたぶん。(注:それぞれの本質は違うけど)

で、思うことがあったので今から書いてみるのだけど、この時点で「ドン引き」している人は、振り返ることなく全力でこの場を立ち去ったほうがいい。

「同姓同名」と「エゴサーチ」をめぐる問題。

悩む

ボクは、これ、本名です。“福森亮太”。

以前、こんな記事を書きました。


「ネット上では匿名のほうがいい」「それでも本名でやりたい人は、バカを覚悟でやりゃいい」、みたいなことが書いてあるのですが、最近、いろいろと思うことがあって。

少々、申し訳ない気持ちになったんですね。

ちょっと書いてみます。

『あたりまえのことをバカになってちゃんとやる』の感想

 あたりまえのことをバカになってちゃんとやる

『あたりまえのことをバカになってちゃんとやる』(小宮一慶)を読みました。

んー、はっきりいって、これは“おもしろい本”ではないですよ。とりわけ、刺激をもとめる若者にとっては、退屈な内容かもしれない。

が、本書に書かれている内容は、至極真っ当だ。おもしろさやユニークさを売りにした本ではなく、親父の小言みたく、少々お堅い話ではある。が、真理や努力は往々にして、“あたりまえ”で、退屈なものだ。



<内容紹介>
「仕事も人生もABCが大事」と著者は説きます。
どういうことかというと、ABCは本書のタイトルの頭文字で、Aはあたりまえのこと、Bはバカになること、Cはちゃんとやることを意味しています。そして、ABCを実践している人は、運がよくなり、人生がうまくいき、幸せになれるというのです。
たとえば掃除一つをとっても、誰にも負けないくらい、来る日も来る日も同じ場所を徹底的にやる。
あたりまえのことを、バカになって、ちゃんとやることで、これまで見えなかったものが見え、気づけなかったことに気づけるようになる。
本書は、いま人気の経営コンサルタントが一番書きたかったことの、まさに集大成といえる一冊。



『あたりまえのことをバカになってちゃんとやる』:読書メモ



個人的に印象に残った箇所をのせておきます。

  • 成功する人の「必要条件」は先に述べた「物事を前向きにとらえること」。
  • 最上限にくっつく十分条件は、「まわりにいる人も幸せにしよう」という考え方だと私は思います。
  • 成功や幸せとは、人を幸せにしたご褒美だと私は思います。

    • 現実を理想に近づけるべく行動する人を支援したくなるのが、人間という生き物なのです。その「理想」に共感する人が多ければ多いほど、たくさんのエネルギーが集まってきます。正しい理想を持つことが大切だというのは、そういうことです。
    • 人は考え方に合った地位になっていく。その人の考え方に合わせてしか、ほんとうの地位は上がらない。 

      • 手を動かすと、人生観が変わる
      • 怖がって、何もしないでいたら、何も変わりません。何も動かない。でも手を動かして、何かを始めれば、必ず何らかの結果が生まれる。

      • 人を動かすのは価値観です。いかにその価値観を共有できるかが大切です。理屈で人は動きません。気持ちを動かさなければ人は動かないのです。
      • 参加者は理屈を聞きに来たわけではないので、同じような話でも、心に響くように気持ちを伝えて、感動してもらえばいいのです。

      • 「…ほめて育てろ」ということで、多くの人が誤解しているのは、ダメなところをほめてしまうことです。それは「ほめる」ではなく「おだてる」です。

      • 自分の人生に影響を与える珠玉の言葉があるとすると、それを素直に受けとめて、自分の座標軸とすることが大切です。 

      • 継続して定点観測していくことで分かることがたくさんあります。
      • 何かを継続する。これは人生で成功を収めるうえで大切な訓練です。
      • 私は自分がうまくいったことも、失敗したことも、すべて日記に書いています。
      • 一年で一回しか振り返らない人と、一年で三六五回振り返る人と、いったいどちらの人生がうまくいくか。考えるまでもありません。一日一日、愚直に、自分を振り返る習慣を継続して持つことで、やがては自分の人生を自分でコントロールできるようになっていくのだと思います。 

        • 「ニコニコしていると、よいことがありますよ」



        読後の感想



        さて、印象に残った箇所を何点かのせたのですが、どうでしょうか? いたって真っ当、“あたりまえのこと”が書かれていました。

        「理想はあるか?」「一日を大事に過ごしているか?」「人を幸せにしているか?」「継続こそが成功の秘訣」「ニコニコしているといいことがある」などなど、“あたりまえのこと”である。

        血気盛んな若者からしてみれば、『なんだか退屈な話だなぁ』と思う内容である。が、はたして、どれだけの人が、“あたりまえのこと”を実践できているか?身につけているか?

        何事も“基礎が大事である”と云う。基礎なくして、応用もへったくれもない。

        型を持ってる人が型を破るから「型破り
        型を持ってない人がただそれをやると「
        無し」

        などという言葉もありますが、“あたりまえ”に大事であることを、まずはちゃんとやりましょうよ、と。順番を間違え、一つ飛ばしするような、楽な道を選ぶのはやめましょうよ、ということ。

        ひねくれず、こういった事は、素直に受け止めて、自分の糧にしていきたい。うそ臭くても、“日々勉強”といわねばならない。

        なんだか、耳の痛い話ではあるのですが、とりあえず身近なところで、定点観測でもよいから、しっかり日記をつけようと思いました。

        (参照:「『明日やることノート』を始めてから生活が少し変わったぞ!」「4行日記の例文と効果」)

        また、自分の「価値観」や「理想」、やはりこれがなくては、人も大衆も家族も恋人もついてこない。逆に、自身の理想に強いエネルギーがあればあるほど、人はみてくれる、ついてきてくれる。

        が、いうまでもなく、一朝一夕でそんなものは身につかない。手を動かし、行動し、恥をかいて、失敗を繰り返し、自然と形成されてゆくもの。簡単な話ではない。

        自分の人生に影響を与える珠玉の言葉があるとすると、それを素直に受けとめて、自分の座標軸とすることが大切

        いわゆる、“座右の銘”とよばれるもの。なにか、そういった指針となるような言葉をひとつでももっておくといいかもしれない。座標軸というか、迷った時に戻れる場所(言葉)があることで、何度もそこから再出発ができる。

        本書は、「あたりまえのことを大事にしよう」という『あたりまえ』の内容だ。奇をてらった行動ばかりでは、前進と後退を繰り返し、結局、何も進んでいないことがよくある。「勉学」と「行動」という、あたりまえのことを徹底する――少しずつ前へ確実に進める方法はそれしかないのだろう。

        以上、@ryotaismでした。


        『5年後、メディアは稼げるか』:書評というか、感想とまとめ。

        5年後、メディアは稼げるか

        5年後、メディアは稼げるか――Monetize or Die?(佐々木紀彦)をKindle書籍で読みました。

        “メディア”にある程度の関心がないと、楽しめない内容かなぁ、と思いました。その分野における、専門的知識のない私は、読了に4日かかってしまった。

        メディア業にたずさわっている人、あるいはたずさわろうと考えている人には、一読の価値があると思います。今後の動向、そして、生き残るための“マネタイズ”に焦点があてられています。



        <内容紹介>
        今、日本と世界のメディア界は、大きな岐路を迎えている。今後5年、メディア業界は100年に一度といってもいい激震を経験するはずだ。では、ウェブのさらなる進化などによって、メディアの形はどう変わっていくのか。ネットメディアを運営するプレーヤーの目と、業界を分析するジャーナリストの目から、「メディア新世界」の姿を予測する。

        女性がブログを書く時代が来たら男はひとたまりもない

        ブログを書く

        夏だ!祭りだ!花火だ!海だ!山だ!さぁ外に出よう!!

        そんなさなか、ブログについて書くなんて、死んでしまいたくなるのですが、自宅にひきこもって書いてみるわ。

        ボクは、いろんな人のブログを読む。

        RSS登録してるブログは、80くらいある。

        でもね、そのほとんどが、“男性”なんですよ。

        「はてなブログ」とか、秀逸なものが多々あって、好んで読んでいるのだけど、どうも、男が多い。

        昨今、“はてな女子”なんていう言葉を聞く。ものすごいPVをだしているものも多くある。女性がどんどんブログを書き始めている。

        が、それでも、まだまだ少ないような気がする。“プロの女史”、とかじゃなくて、例えば、“一般OLの女子”のブログとか、まだまだ少ない気がする。

        ボクだけかもしれないが、目につくブログは、男性が多い。

        ブログを書いている人の、性別の割合がどんなものなのか、ボクにはわからない。男女半々、五分五分の割合かもしれない。

        けど、目につくブログが男性のほうが多いのは、一体なぜか――。

        それはたぶん、男の書き手のほうが、「多くの人に読まれよう」とか、PV・アクセス数への意識をもって、更新頻度を上げているからだと思う。副業としての意識、あるいは、「ブログで何かしらやってやろう!」的なガツガツとした意識が、男性のほうが強いからではないか。

        たとえば、PVを集めようという意識のあらわれとして、タイトルに気を使うなんてのは最も簡単なSEOの初歩であるが、“一般”男性のブログでは、そのようなギミックが散見される。が、“一般”女性ブログではあまり見かけられない。そんなこと気にも留めていない様子。

        一般女性ブログは多々ある。が、更新頻度が低かったり、プライベート日記的なものであったり。副業的にガツガツとブログをやっているのは、一般女性よりも一般男性のほうが多い気がするのだ。

        さて、今回述べるのは、あくまでも、“一般”の人に向けたものであり、ギークな人であったり、専門分野をもったプロ女史とかではない。(また、有名人ブログの話でもない。)

        かくいうボクも、何の専門性もない、田舎ボウズである。格別、取り柄なんざない。が、多くの人に読んでもらえたらうれしいなぁという思いで、せっせと畑を耕すようにブログを書いている。その為か、フツーのブログよりは多少認知され、検索でヒットし、参考にしてもらえることがある。(おそらくですが…)

        「それでいいんじゃないか、その程度のブログでもいいんじゃないか」、と思う。そのような、他者に向けた、他者目線を備えた、一般女性による「少しマジなブログ」が増えたら、もっとインターネットはおもしろくなるんじゃないか――。

        そんな話を今回はひとつ。

        『若者たち2014』を見て――“若さ”とは何だろうか?


        フジテレビ『若者たち2014』を見ていてですね、けっこう好きで、ハマってるんですけど、タイトルにある通り、“若者”、あるいは、“若さ”がテーマのドラマです。

        なんかね、このドラマを見てて思ったことは、『共感』じゃないんですよね。『うらやましい』、という気持ちですよ。

        若者の『共感』を売りにしたドラマじゃないんですね。共感で視聴率を稼ごうとしていない。

        でも、おもしろいんですよ。

        『おもしろい』にはいろんな種類があるけど、

        このドラマは、「『共感』できるおもしろさ」ではなく、見てて「『うらやましい』と思うおもしろさ」だと思いました。

        「こんなふうに、自分は若さを全面にだして生きているだろうか、生きてきただろうか?」という、うらやましさ。または、「若さゆえの葛藤や、若いときにしかできないような経験を、自分はしてきたのだろうか?」という、うらやましさ。

        俺はね、このドラマを見て、「若いっていいね~」なんて、そんなことは思わないんですよ。むしろ、ちょっと嫉妬してるんですよ。さらには、「俺、何やってんだろうな…」という悔しさもあったり。

        登場人物、まー、よくケンカします。まー、よく泣きます。そして声がデカイ。後先考えず突っ走るし、なんだかんだ最終的にはお金より人情を優先するし、つまりは、“若い”。若いんですよ。

        で、夜中に布団の中で考えてた。

        「そもそも『若さ』とは何だ?」、と。

        それは“年齢”のことじゃない、“若さ”を感じさせる「生き方」「考え方」のこと。

        「うらやましいな」と思う『若さ』――それは一体何だろうか?

        いくつか思ったことがあるので、書いてみる。若さ全開でいってみるので、うっとうしかったらすまん。