「同姓同名」と「エゴサーチ」をめぐる問題。

悩む

ボクは、これ、本名です。“福森亮太”。

以前、こんな記事を書きました。


「ネット上では匿名のほうがいい」「それでも本名でやりたい人は、バカを覚悟でやりゃいい」、みたいなことが書いてあるのですが、最近、いろいろと思うことがあって。

少々、申し訳ない気持ちになったんですね。

ちょっと書いてみます。



“エゴサーチ”の増加


Google検索

先日、暇つぶしに“エゴサーチ”してたんですね。

“エゴサーチ”ってのは、自分の名前やブログを検索して、自分自身の評価を確認すること。

ボクの場合、8割が批判なので「まいったなぁ(泣)」という感じなのですが、、、それでも他者の評価というのはめちゃめちゃ大事なので、逃げちゃいかんわけです。

ところで――。

“エゴサーチ”という行為なんですけど、ネット利用が一般化するにつれて、ますます盛んに行われるでしょう。さらに、ネットがビジネスのフィールドで活用されるに従って、信用性の点もあって、【匿名⇒本名】という流れもでてくるかと思います。

だれしも、他人の評価、「自分が他人からどうみられているか」というのは気になるものです。それが人間ってもんでしょう(おそらく)。

また、頻繁に“エゴサーチ”はしなくとも、たまにやってみたくなるのが“エゴサーチ”だと思います。

みなさんも、一度くらいは自分の名前で検索したことはあるんではないでしょうか? 人によっては、友人や恋人の名前を検索したこともあるかもしれません。『んなことねぇよ!』と云うかもしれませんが、それがますます今後増えていくと思われます。



“Googleサジェスト”について



さて、本題なのですが、先日、Googleでエゴサーチを行ったところ、Googleサジェストで、以下のように表示されました。(※ちなみに今現在(2014/08/12)も)


福森亮太 エゴサーチ


“Googleサジェスト候補”というのは、google検索において、検索フォームに入力した文字列から検索ワード候補を予測表示する機能のこと。

簡単に言うと、検索候補を表示してくれるんですね。

“このキーワードとセットでよく検索されてますよ”、あるいは、“AというキーワードとBというキーワードは密接ですよ”というふうに、予測、提案してくれること。

――っていう説明はおいといて。それどころじゃない。

【福森亮太 フォント】はわかる。自分の名前をいれたフォントを作成しているので。(窓の杜 - 【REVIEW】子供の落書きみたいな仮名フォント「福森亮太ふぉんと」

・・・

他方、【福森亮太 死】はまずかろう。まずいですよこれは。

なぜ、このようにGoogleサジェストで表示されるか?

理由は簡単で、ボクがブログで【死】というキーワードを多用しているからですね。たとえば、以下。


で、結果、【福森亮太】というキーワードと【死】を、Googleはむすびつけ、検索候補としてあげるわけです。

私個人としては、全然かまわないです。「まぁそりゃそうだろうな」としか思いません。

が、そうもいかない人が世の中にはいます。



“同姓同名”問題


社会

世の中には、“同姓同名”の人がいます。

で、ボク、思ったんですよ。

全国の“福森亮太”に、少々申し訳ないなぁと。

数は少ないと思うけれども、絶対にいるとは思うんです。

ボクはブログで好き放題書いている。ボクはタナトス願望も強いし、理想はデカダンスであるし、少々頭も悪い。だから、支離滅裂で滅茶苦茶なことを書いてしまう。

ボクはそれでかまわない。好きで書いているんだし。

が、“同姓同名”の人は迷惑だと思うんですよね。ほんとに。

想像してみてください。

自分の名前をGoogleで検索したら、候補として【死】がでてきら――どうですか?

「スマン、ほんとスマン」としか言いようがないですよ。

自由に、好き勝手やってる。本人はそれでかまわない。でも、好き勝手にやると、だいたい、だれかしら周囲に迷惑がかかってしまう。

「フリーダムに生きよう!」みたいな風潮があるけども、その裏でだれかに迷惑がかかっている。また、誰かが迷惑をひきうけてくれることで自由気ままが可能となる。そういう視点だけは失っちゃいけないと思うんですね。クソ真面目な話であれですけど。

ちょっと話がズレましたが、ネット上で本名を名乗るのは勝手だ。ブログで自由奔放に書き殴るのも個人の勝手だ。

が、“本名”である場合、今回の事例のように、他人に迷惑がかかることもある。風評被害にもなりかねないわけだ。

今後、ネット上において、“同姓同名”による様々な問題が起こるだろうと思う。

が、こういったネット上における“同姓同名問題”は、現状、全然整備されていないのが実情。なので、現状、自分ができることといえば、『そういうこともある』という視点を最低限もっておくことだと思う。

とにかく、「他者の視点」「広い視野をもとう」ということ。そういった意味でも、「ネット上で本名を名乗る」というのは、ある種の覚悟が必要であり、また、ネジの一本はずれた、いい意味でも悪い意味でも、“バカ”な者が本名を名乗るんでしょう。


***

インターネットは混沌としている。まさしく現実の社会とそっくりだと思う。

今後も、ボクは、ネット上で普通に本名を晒す。それによって、いろいろあるだろうけども、「やはり、ネットも混沌とした社会なんだな」と思うのです。すなわち、自由と反省の繰り返しです。

以上、@ryotaismでした。


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