Amazonで人気のCASIO腕時計を買った。1,650円だった。


年末っすね。うん。

腕時計の電池が切れたので、新しいものを買おうと思って。

といっても、こだわりなんてボクにはまったくない。なんだっていいですよ、はい。

というわけで、Amazonでテキトウにみつくろって見つけたのがコチラ。


値段は、2014/11/27現在で、“1,650円

安いっすねー、めちゃめちゃ安い。時計にこだわりのないボクにはありがたい値段です。いうまでもなく送料無料です。

なんといっても、「日付・曜日表示」があるのがいい。これがあるかないかで、ぜんぜん違いますからね。

レビュー数も400件以上と圧倒的で、評価も上々。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000VO87C8?psc=1&redirect=true&ref_=oh_aui_detailpage_o00_s00

これなら大ハズレもせんだろうと、即購入。

注文した翌日の午前中に届きました。お急ぎ便じゃなくて通常配送で。早いなぁおい!Amazon!!

たいへん人生が暇であるので、ちょっとレビューしてみます。


CASIO腕時計:MTP-1239DJ-2AJF


Amazonダンボール

そんなわけで、腕時計が到着したのですが、一点気になることが…。

Amazon配送

商品とダンボールの大きさが違いすぎる…!

いや、これはね、、、今回に限ったことじゃなくて、前からボクは思ってたことで、この前、歯磨き粉を注文した時もそうだったんですよ。丁寧な梱包といえばそうなんだけど、いくらなんでもダンボールが大きすぎて、なんというか、ゴミになるんですよね。環境的にあまりよくないなぁって。

まぁ、その話はおいといて。

すぐに開封しました。いくつになってもこういうときはドキドキしますよね。

CASIO腕時計

CASIOのロゴ。ひじょうにコンパクトな紙の箱です。

CASIO腕時計2

中身をとりだしてみる。

CASIO[MTP-1239DJ-2AJF]

うん、なかなかじゃないですか。チープな感じはない。なんなら、ちょっと高級感もあり。ブルーの文字盤も美しい。

CASIO[MTP-1239DJ-2AJF]2

厚みは、まぁまぁ薄い。重さはふつう。多機能でないので、軽いほうかと。

購入してから知ったのですが――、これ、留め金の部分が三つ折れプッシュなんですね。時計をはずす際、プッシュボタンがあって、それを押してはずす。(※上記画像をよくみればボタンがみえるかと思います)

開封してみて「見た目はひじょうにいいな」、と思いました。


いろいろと調整しよう


CASIO[MTP-1239DJ-2AJF]3

ちなみに、曜日表示ですが、英語か日本語(月火水…)、どちらか選べます。ネジ(りゅうず)を少しだけひっぱって、まわすと変えられます。(ボクは日本語にしました、上記画像参照)

あとですね、最初の状態では、かなりベルトが長いので、長さを調整する必要があります

時計屋にもっていってもいいのですが、ボクは自分でやりました。お金もかかるし、やってみると簡単です。

やり方は、コチラのAmazonレビューを参考にしました。

ボクが使用した道具は、「安全ピン」と「小さいマイナスドライバー」のみです。

ただ、自分でやる場合は、注意して下さい。バネ棒をはずすとき、飛んでいくことがあります。これ、本当に注意してください。

バネ棒がどこかに飛んでいってもすぐに見つけられるような、整頓されたところでやったほうがいいと思います。棒が飛んでいかないよう、細心の注意を払いながら行いましょう。


使用感や見た目


さて、使用感なんですが、これは正直に言いましょう。

ちょっとね、針が見にくいです。見やすいとはいいがたい。ブルーの文字盤は美しいけれど、たとえば、暗いところでは見にくい

“見やすさ”を求めるなら、やめておいたほうがいいかも…。もし、見やすさを求めるなら、ブルーじゃなくて、シルバーの色違いのほうがいいかもしれません。あるいは、型番は異なりますが、価格帯がほぼ同じの、以下のものとか見やすそうです。


でも、まぁ、ブルーはやっぱカッコいいですよ。針の見やすさに関しても、慣れたら問題ないだろうという感じですボクは。

価格が1,650と、かなり安いんですけど、ぱっと見はとても立派です。Amazonレビューが良いのも納得。

が、ベルトや針、日付の箇所をよくみると、チープ感があります。「よく見りゃ安物」というのは正直あります。また、電池寿命が2年で、もっと長ければな、と思います。

でも、この値段で、日付・曜日表示機能があるのは、とてもうれしいし、見た目も上々で、コスパはいいと思います。

ネットで手軽に購入するには、ちょうどいい腕時計なんじゃないですかね。

★★★

高級時計をもっていることがひとつのステータスだった時代。いまはそんな感じでもないし、ボクみたいな人間は、時間を意識しなきゃいけないほど、この先やりたいこともない。どんな時計でもいいんです。

“ネットで手軽に腕時計を買う”、いかがでしょうか。けっこう安いし。

以上、@ryotaismでした。

海を前に『広さ』を見るか、『深さ』を想うか@沖縄旅行

沖縄の海2
沖縄の海

この前ね、沖縄に行ったんですよ。3日間くらい。

でね、言うんですよ。

「わーー!海、広ぇなぁああ!!」って。

言うんですよ。そりゃ言いますよ。

でもね、俺、思ったんですよ。

「海の見方」って2つあるよなぁ、と。『広さ』と『深さ』、この2つ。

というのも、沖縄に行った初日、沖縄県立博物館に行ってきたんです。そしたら、特別展で、『水中文化遺産~海に沈んだ歴史のカケラ~』というのがやってて。観たんです。


おもしろかったですよ。水中に眠っていたものが展示されていて。遥か昔に沈んだ船の部品とかね。貿易で使われていた茶碗とか、なかには剣とかもあった。

こんだけ古いものが残っているのは、理由があって。

ふつうね、地上だったら、“風化”してますよね、って。

これ、水中だから、ちゃんと残っていたわけです。水中の奥深くで眠っていたから、壊れることなく、残り続けていたわけです。

で、沖縄初日にこんな展示を見ちゃったものだから、海の見方がおかしくなっちゃって。

ふつうね、沖縄着いたら、「わー!海、広いい!そして青いい!」って言うもんですけど、「んー…。これ、こいつ、とんでもなく深いんだよな……」なんていう、ちょっと変な見方になってしまって。

で、思ったんですよ。「んーでもあれだな、海の見方って2つあるよな」って。

目に映るのは、肉眼で確認ができるのは、海の『広さ』。他方、『深さ』は目では確認ができない。『深さ』は頭のなかの想像である。

沖縄の海3

で、思ったんです。というか、よく云うじゃないですか。

『目に映るものがすべてじゃない』って。

これ、かっこいい言葉ですけど、どういうことかって、つまり、今回の海の例でいうと、『広さ』じゃなくて、『深さ』にも目を向けようなってこと。表面的な部分だけで判断するんじゃなくて、奥行き、立体的にモノをみる視野、つまり想像力をもとうぜってこと。

目に見える部分、表面だけを見ていると、けっこう危険なんですよね。

人間関係でもよくあるじゃないですか。その人の短所ばかりが目について、長所をみない、とか。だいたいの人間は性格に裏表があるのだけど、表面だけでその人を判断しちゃったり。そうすると、人間関係がぎこちなくなってくる。人を許せない、納得がいかないことが増えてくる。

「良い部分もあれば悪い部分もある」「Aという考え方もあればBという考え方もある」、そういった複数の見方/視野をもっているほうが、この世の中っていうのは住みやすいんですよね。一元的な見方では、“頑固”になってしまったり、“エゴ”になってしまったり、結果、生きにくくなったりして、周囲から腫れ物扱いされることもある。

人間関係に限らず、なにかモノを考えたりする際は、“目に見える表面”だけで判断するのではなく、その裏側、奥行き、深さを想像することで、新たな発見、発想が生まれるかもしれない。海の『広さ』だけに目を奪われるのではなく、その『深さ』を想うことで、またひとつ、海の神秘を知るように――。

★★★

海を前に、『広さ』を見るか、『深さ』を想うか――そういうところに、性格とかも、あらわれるような気がします。まぁ「だからなんだよ?」という日記でした。すいません。

最後に、ぜんぜん関係ないんですが、SONYのHDR-CX535で動画をとってきたのでのせておきます。いや、綺麗だったなほんと。

以上、@ryotaismでした。




『ワイドナショー』が面白い理由を考えてみた。


本格的に寒くなってきましたね。

ところで。どうでもよいハナシなんですけど、“毎週欠かさずみているテレビ番組”ってありますか?

ボクね、いっこだけあって。これだけは毎週みてるんですよ。

『ワイドナショー』って知ってます?

フジテレビで、日曜の朝10時からやってる1時間の番組。

松本人志さん、東野幸治さんがでてる番組で、ワイドショーやニュースについて、芸能人がいろいろとしゃべる、トークバラエティ番組。

ボク、毎週欠かさずみてます。番組が始まってから、今まで一度も見逃したことがない。ぜんぶみてる。(録画ではあるけども)

「だからなんなんだよ?」って話なんですけど、おもしろいんですよ、この番組。

ちょっとそのへんについて、書いてみる。

「茶碗にご飯粒ひとつ残さない理由」――教育と環境と美意識


ボクね、茶碗にご飯粒ひとつ残さないんですよ。

いや、まぁね、どうでもいい話であるということは大変よくわかっているのですが、これね、「なんでだろ?」って思ったんです。

この前、知人とご飯を食べたときの話。

食事を終えて、ちらっと見たんですよ。その友達の茶碗を。

そしたら、茶碗にご飯粒、いっぱいついてるんですよ。

こういう人、たまにいますよね?

2、3粒じゃなくて、茶碗にたくさんのご飯粒をつけたまま(残したまま)、食事を終える人。


で、ボク、なんとなく、聞いてみたんです。できるだけソフトな感じで。

「けっこう、ご飯粒、残しますね~」って。

そしたら、彼、キョトンとした感じで、「え?」って言ったんです。「それがどうしたの?」って、不思議な顔をされた。

つまり、彼にとっちゃ普通のことなんですね。いつものことなんです。不思議な点などどこにもないんですよ。

「あー、なるほど」、と。そのとき、ボクは気づいた。

つまり、「ラーメンの汁を残す」のと同じなんだと。

もったいないとか、そういうものではない。茶碗にご飯粒がついてても、「残す」とか、「食べ終わっていない」とか、そんな感覚はどこにもない。彼の中では、“ちゃんと食べ終わっている”のだ。

「なるほどなー」と思っていたら、今度は逆に、彼から言われた。

「いや、てか、めっちゃキレイに食べますね!?ご飯粒ひとつないじゃないですか!」って。

いや、そりゃそうだ。ボクはいつもそうだ。一粒も茶碗に残さない。なにがおかしいのだろう?ボクは子供のころからずっとそうである。

そのことが、彼からすれば、「どんだけ丁寧なんですか!きれい好きですか!?」、ということらしい…。

んー。そう言われると、ちょっと考えてしまうのだ。

なんでボクは茶碗にご飯粒ひとつ残さないんだろうか?

Youtube広告の『好きなことで、生きていく』という言葉が好きじゃない。

Youtube

毎朝ね、新宿駅で降りて、通勤するんです。

そしたらね、いたるところにポスター広告が貼ってあるんです。

ひょっとしたら、Youtubeとかで見たことあるかもしれない。

『好きなことで、生きていく』っていう言葉。

YoutubeおよびYoutuberの広告ですね、コレ。

ボクね、なんかね、『違和感』あるんですよ。この言葉を見ると。

この言葉ってね、“挑発的な言葉”だと思いませんか?

これ、「『好きなことで生きていない人』に向けて、好きなことで生きてませんよね?」と言っているように聞こえませんか?やや極端かもしれませんが。