夢みる大人は、腹をくくってそのまま突っ走れ。


“なぜこんなふうになってしまったのか?”

どのタイミングで、ズレてしまったのか?

「夢をみる大人」になってしまった。

「子供のような大人」になってしまった。

いくつになっても、夢ばかりみている。精神的に幼く、理想ばかり追いかけている。

もっとしっかりしたらどうだ?

まじめに会社で働いて、収入もらって、結婚して、家庭を築いて――そんな『社会人』になってみたらどうだ?

いつまで夢みたいなこと言ってるんだ?

現実を直視しろ。

そろそろ『大人』になれ。

いつまで子供みたいなことを言っているんだ。

満員電車とストレス――逆に“落ち着く”?


"満員電車"といったらネガティブなイメージしかなかったのですが、ふと、昨日ね、「なんか落ち着くなぁ」と。

仕事終わり、新宿。いつものように、埼京線、満員の車内にのりこむ俺。すると、「ん?なにか、ちょっと落ち着くぞ」と。

満員の車内に入ったと同時、ちょっと気分が和んだんですよ。

これ、自分でも不思議な感覚だったんです。

今までね、めちゃめちゃイヤでしたから、満員電車。

だのに、なんでだろうか、と、考えたんです。

考えたこと、書いてみます。

プラス思考になる――"バカっぽい"と否定していた過去


「プラス思考」「ポジティブシンキング」と呼ばれるものを、嫌っていた時期がある。

そういうの、なんだか嘘くせぇなぁ、と。あるいは、何でもかんでもプラス思考に考える姿勢、バカっぽいなぁそれ、って。

否定していたんですね、「プラス思考」や「ポジティブシンキング」とか、そんなふうにはなりたくないって。

もっと現実的になろうぜって。

『プラス思考やポジティブシンキングとか、そういうので誤魔化すのはやめようぜ』


と、そんなふうに思っていたんです。忌み嫌ってました。

で、現実的になって、懐疑的になって、少しずつネガティブになって、さらにはペシミスティックになって――ずるずると"負の方向"に流れていった。なんなら、ネガティブなほうが美しいと思っていた時期もあった。悲劇的であるほうが芸術的である、と思っていた時期もある。

いや、いいんです。それはそれでよかったと思う。

性格やや暗めで、ネガティブに考えがちな自分、いいんですよ、ぜんぜんいいんです。

でもね、最近ボク思ったんです。

歳を重ねるごとに、もたなくなってきたんですよ。

「これ、やばくないか?」って。

「ネガティブ思考のままじゃ、この先、生き抜いていけないんじゃないか?」って。

若いうちは、それでよかったかもしれない。

でも、30歳を越えると、もたないんです。ネガティブ思考じゃもたないんです。

「一体何がもたないのか?」と聞かれると、うまく答えられないんですが、色んなものが維持できなくなる。

例えば、心とか、肉体とか、将来とか、希望とか……色んなものが維持できなくなる。プラス思考になんなきゃ、維持できなくなる。

と、最近そう思う。

自暴自棄になる、いや、なれる?なりたい?

自暴自棄

「自暴自棄が減ったなぁ」、と思う。

無茶をしなくなった。

「もうどうなってもかまわない!」という気持ちが薄い。やけっぱちになんて、ならない。

歳を重ねるごとに、自暴自棄が減っていく。

若い頃、20代の頃は、自暴自棄になって、無茶をすることが多々あった。それは黒歴史であり、大失敗であり、過ちであった。

そういうことが、ずいぶんと減った。無茶をしない。

精神的に成長したのかもしれない。

……いや、はたしてそうだろうか?

これは多分、『環境』のせいだろう。『環境』が変わったからだ。

おそらく、根本は何も変わっていないのだ。