“生きてるって奇跡!”について。


ask.fmをやっております。


ask.fmというのは、匿名質問サイトで。“何か質問や意見があったらください”というもの。

こういう意見が届きました。

生きてるって奇跡ですね!

さて。

「生きてるって奇跡」、正直、ボクはこういう言葉を聞くと、ちょっと距離をとってしまいます。ピンと来ないというか。

なので、この質問はスルーしようと思ったのですが、、、それはそれでどうなんだろう。向き合ってみよう、と。

頂いた言葉に対して申し訳ないんですけど(気を悪くしないでくださいね)、

「生きてるって奇跡」、こういった言葉を素直に受け入れられない人って、けっこういると思うんです。

なぜか?

なにか、この言葉、キラキラしているんです。はたして自分の人生はそんなにキラキラしているだろうか、という感じになる。

でもって、あまりにも純粋。純粋な言葉を純粋に受け入れられない体質になっている人。

「生きてるって奇跡ですね!」と言われると、「ん?ちょっと待って、ちょっと考えさせて…」となる。つまり、疑い深い人

ボクはそういう人間です。

はたして、そういうのでいいのだろうか?と思ったので、ひとまず、「そもそも奇跡って、どういう意味だったっけ?」と、辞書で意味を調べてみました。

 き‐せき【奇跡/奇×蹟】
1 常識で考えては起こりえない、不思議な出来事・現象。 
2 キリスト教など、宗教で、神の超自然的な働きによって起こる不思議な現象。


たしかに。自分がなぜ生きているか?、これはまったく“不思議なこと”です。

なぜ、自分はこの世界にいるのか?

生きている、それはある種の奇跡です。不思議なことだから。完全に全てを説明することが不可能であるから。

よって、「生きてるって奇跡」、という表現の仕方は間違ってはいない。

これはすごく大事なことで。微妙なところですが、すごく大事だとボクは思う。

「間違った表現の仕方ではない」ということをまずは理解したい。受け入れないといけない。

そもそも表現の仕方が間違っている場合、それを受けいれられないのはやむをえないかと思います。

が、今回の場合、表現の仕方は間違っていないわけですから、ひとまず、”聞くことは可能”なんです。

最初から聞かないような態度、それではいけない、とボクは思いました(この質問を頂いたとき)。

まずはちゃんと聞く

そして、続いて考える。「生きてるって奇跡」という言葉に対してどう思うか?正しいと思うか?などなど。

順序でいえば、「聞く」⇒「考える」

「考える」という第二段階でもって、ようやくやっと、自分の考えや感想を述べたり、賛同や否定ができる。

ところが、「聞く」という第一段階で、自分の好みや偏見が働いてしまって、最初から聞く耳を持たず、遠ざけてしまうことがある。今回の場合は、表現の仕方としては間違っていないと思うので、それではいけないなと思います。

――はい、というわけで、「聞く」の段階は終わって、続いて「考える」の段階にまいります。

ずいぶん文章が長くなってしまい、すいません。

“ 生きてるって奇跡ですね! ”

これは一度、ボクの両親に聞いてみたいですね。

ボクを生んだ人ですから。両親がいなかったらボクは生きていませんから。

ボクを生んだ両親が、『そうだよ、奇跡だよ。あなたが生きているのは、奇跡なんだからね…』と言えばそうだと思う。逆に、『は?あんた、何いってんの?奇跡なわけないでしょ!バカなこといってないで勉強か労働をしなさい!』と言われれば、ちょっと考えますね。

子は「奇跡だ」と言っているが、親は「奇跡ではない」と言っている。となれば、んー、親の意志に反して「生きてるって奇跡」と唱えるのは、躊躇するなぁ…。という感じですね。

自分が子どもを生む側になったら、また新たな考え方が生まれるかもしれません。

◆ ◆ ◆

以上、期待はずれの回答だったかもしれませんが、ご質問、ありがとうございました!

ではまた。@ryotaismでした。


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