amazarashi『無題』の歌詞とMVをみて:“亡くなった後の物語”について


amazarashiというバンドが好きで。

先日、『無題』のMVがYoutubeにアップされました。

いろいろと思ったことがあったので、書いてみます。


amazarasi『無題』:歌詞とMVより考察





ご存知の方には説明不要ですが、『無題』という曲はアルバム『爆弾の作り方』の中ですでに発表されているものであり、新曲というわけではありません。

ボクはこの曲が好きで、何度も聴いています。

どういう曲か? 簡単に言ってしまえば、一人の画家と、その恋人の話

彼女に支えられ、次第に作品が売れるようになった画家。
売れっ子になった彼は、もっと素晴らしい作品を描こうとした。【人の本性、あさましい姿を描こう】、と。

しかし、大衆はそのような作品を求めておらず、画家のまわりからは、次第に人が去っていった。そしてついに、ケンカが増えた彼女とも別れてしまった。

無名になったその後も、画家は絵を描き続けた。
久しぶりに一枚の絵が売れた。
桜模様の便箋に一言。彼女からだった。
変わっていくのはいつも風景――『信じてたこと、正しかった』

という、ちょっとした感動曲なのですが――。

で、本題ですが、ボクはてっきりこの曲が、ハッピーエンドの物語だと思ってた。

ところが、今回のYoutubeにあげられたMVをみると、どうやらそんな感じでもない。

シーン“4:40”あたり、“海に浮遊している画家が目玉に睨まれて沈んでいく”場面。

これは、おそらくですが、「人の心の闇に睨まれてしまったんだな」、と。そして、海深くに沈んでいった。

海のシーンが終わった後、画家はほぼ登場しません。がらんどうのアトリエが印象的で、過去の回想シーンが中心となっています。歌詞においても、それまでは画家が主語の文があったが、以降、画家目線の言葉はない。

(※最後の最後で、筆をもった画家の背中がうつりますが、これは全体のまとめみたいなもので、背景も真っ白で、どこか非実在的です)

つまり、彼女が絵を買ってくれたときには、画家は亡くなっているということ。亡くなった後に絵が売れた彼女が絵を買ったのは、彼が亡くなった後だった、と、そういう話ではないか。

“目玉に睨まれる(心の闇につかまってしまった)”という点から、おそらく自殺なんじゃないかとボクは思うのですが――。

そうみると、どうもこの『無題』という曲、単なるお涙頂戴の恋愛話ではなくなってくる。単なるハッピーエンドではない。

またひとつ、考えさせられてしまった。

“亡くなった後の物語”について



話はややズレますが、“本人の死後、その作品が評価される”ということは歴史の中でよくあることです。

秋田ひろむさんは、宮沢賢治さんを引用した『よだかの星』という曲も書かれています。“死後に評価された”、宮沢賢治さんがまさにそのタイプだと言われています。

そういった、“亡くなった後の物語”を描くのが巧みだなぁ、と思いました。生きている時だけでなく、その人が亡くなった後の世界や情景も描く。(最近では『自虐家のアリ―』もそうだと思ました)

生きている間になんとかならなかったのか――という受け取り方は、少々無粋かもしれませんが、人の、生前の刹那が死後に伝わってくる。

この曲のタイトルが『無題』というのには、何かしら意味があるのでしょうが、たとえば、

  • 変わってくのはいつも風景、無題のものに周りが題をつける
  • 一人の画家の、題名のない人生について
  • 死後であるから、その絵には題名が無い

……などなど、どういう意味があって『無題』なのかはわかりませんが、そのあたりを詮索せずとも、たとえ、この曲にタイトルがなかったとしても、この歌の存在感はゆるがないように思います。タイトルはそんなに重要ではない、ということですね。

◆ ◆ ◆

以上です。

今回の『無題』のMV、Youtubeのコメント上では賛否あるようですが、ボクはこういった一解釈を与えてくれた点で、いいんじゃないかとボクは思います。

ではまた。@ryotaismでした。



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