梶井基次郎『Kの昇天――或はKの溺死』:読書感想


あまり、最近は小説を読まなくなってしまったのだけど、昨日、

梶井基次郎の『Kの昇天――或はKの溺死』を読みました。

檸檬で有名な梶井基次郎さんですが、これまた、すばらしい作品でした。

どういう話か、ざっくりいうと、、、

夜の海辺。溺死(おそらく自殺)したKの話。

月明かりに照らされた自分の影をじっとみつめていると、影が人格を持ちはじめる。

それにつれて自分の意識が、月へ向かって、スースーッと昇って行く。少しずつ、海へ向かうK。

「K君はとうとう月世界へ行った」――という話。

◆ ◆ ◆

Kは言います。「影ほど不思議なものはない」

君もやってみれば、必ず経験するだろう。影をじーっと視凝みつめていると、そのなかにだんだん生物の相があらわれて来る。

それは電燈の光線のようなものでは駄目だ。月の光が一番いい。

でも、月の光じゃなくても、自分の影だったら何でもいいんじゃないの?って。月の光でなくちゃならない理由ってあるの?

そして、次の文章が書かれています。これ、すばらしいなって。うなってしまいました。この文章表現。

何よりもK君は自分の感じに頼り、その感じの由って来たる所を説明のできない神秘のなかに置いていました。

しびれたなぁ。

前後の文を読まなくては、ちょっとわかりにくいかもしれませんが、つまり、自分にしかわからない感覚ってあると思います。他の人には伝わらないけど、自分にとっては“確か”であること。

Kはその、漠然としているけども、確かな“自分の感じ”に頼る。「なぜか?」と聞かれてもうまく説明はできない、というか、説明はせずに、“神秘”のなかにおいていた。

……こういうね、こういう自分だけの感覚ってあると思うんですが、

なにがスゴイって、それを言葉にして表現しようとしたのがすごい。

“自分の感じに頼り、神秘のなかに置いてた”、とか、当たり前だけど、凡人のボクには到底思いつかない表現ですよ。

◆ ◆ ◆

「んー、すごいなぁ」と思ったので、ブログに書いてみました。

梶井基次郎さんの作品は短いものが中心ですので、ちょっと時間があいたときにも読めるので、いいと思いますよ。

ちなみに、氏の作品を、Youtube動画で、朗読というか、だらだらと読んだりしてましたので、もし暇だったら。『檸檬』とか、読んだりしたので。⇒ 梶井基次郎 福森亮太 - YouTube

ではまた。@ryotaismでした。

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