“夢はなんですか?”と聞かれたら?

ask.fm/ryotaism

以前からやっているask.fm(ryotaism)に、こういう質問が届きました。

夢はなんですか

夢、何でしょうね。。。「こういうことがやりたいなぁ」とか、そういうのはありますが。それが“夢”かと問われると、そんなたいそうなもんでもない気がしますし。

たぶん、ボクにはないですね、夢。

ところで、長渕剛さんの歌詞で、

「夢は何ですか」と聞かれる事がこの世で一番怖く思えた”

という詞がありますが――。


夢がないと不安になってしまう自分がいます。(このへんについては、以前、“夢がない、やりたいことがみつからない、その意味。”の中で書きました)

子供のころ、先生や大人から、次のことをよく言われました。

『夢をもったほうがいい』『夢はあったがほうがいい』、と。

夢っていうのは、価値や意味のあるものだって。だから夢をもって生きるんだぞ、って。

でも、今思い返せば、すごく漠然とした言い方だった気がします。

「価値や意味って、じゃあ具体的になに?」って、もし聞いてみたら、うまく答えられなかったんじゃないか。

そうやって言う大人には、そもそも夢があったのか。なかったんじゃないか、だから子どもには夢をもってほしいと思って、そう言ってたんじゃないか。

『夢をもったほうがいい』『夢はあったがほうがいい』――きっと、あれは、大人が自分自身に言い聞かせていたんだろうな、と思います。子どもに向かって言うのと同時に。


夢は絶対に価値や意味がある、でも、何がいいのかうまく答えられない。けれど、きっと夢には価値や意味があるんだと信じている。

なぜそこまでして、夢にしがみつくのか?

不安になるからだと思います。

そもそも人間は、目的があって作られた存在ではなくて、本来的には不安定な生き物で。

「不安定」という人間の本質、自分の本当の姿に直面するのが怖いんじゃないか。だから、少しでも方向性がほしい、何か、目的みたいなものがほしい、そのひとつとして、「夢」を持ち出すんじゃないかと思います。

なので、夢があったほうが、きっと精神状態は安定すると思います。

けれども、執拗に夢にこだわる人は、何かを恐れているようにも見えます。もしかして、自分が不安定になってしまうことが恐いんじゃないか――。

「なぜ夢には価値や意味があるのか」を答えられないのに、漠然と夢を肯定するのは、恐れているから、夢がないと、人生の方向性がなくて不安定になってしまうからだと思います。

夢があったほうが安定しますが、たとえなかったとしても、それはそれでいいだろうとボクは思います。人間らしい、というか。なので、「夢はないです」と、ここ数年は答えています。

長文、失礼しました。何かの参考になれば。

ではまた。@ryotaismでした。


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