夜空を眺めるとき、夜空から自分を眺めてみる――その悩み事は10年後も悩み事か。


高校生のときに、読みました。

リチャード・カールソン著『小さいことにくよくよするな!―しょせん、すべては小さなこと


やや古い本ですが、当時はそれなりに売れていたので、知っている人もいるかもしれません。

内容はタイトルのままで、小さなことにくよくよしない方法・考え方が 書かれている。“しょせん、すべては小さなことだ”、と。

Amazonレビューも上々である。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/asin/4763180827/amazon142-22/

高校当時、これを読み、勇気づけられたのを覚えている。

といっても、具体的な内容はほとんど忘れてしまったのですが、ひとつだけ覚えている言葉があって。

手元に本がないので正確な文ではありませんが、確かこういったことが書かれてあった。

悩みがあるときは、夜空を眺めてみるのだ。

“宇宙から見たら、自分は小さな存在である”――。
夜空を眺めるとき、夜空から自分を眺めてみる。
自分の悩みなんて、宇宙からみれば、ちっぽけなもんである。
小さなことにくよくよしていてはいけない。

――と、確かこういうことが書いてあって、高校時分、勇気づけられた記憶がある。

大人になると、さすがにこればかりでは、どうにもならないことが多々あるのだが、言っていることには普遍性がある。

また、海外に出向けば、「えらく遠くまで来たもんだな」とか思い、自分が思っているよりも世界はずっと広くて、自分の小ささを感じ、過去の自分の悩み事など、ちっぽけなことのように思えてくる。

小さなことでくよくよしていたって仕方ないものだが、一体どうしたものか。

――少し考えてみた。


その悩み事、10年後も悩み事?


たまに思う。

『その悩み事は、10年後も悩み事か?』

だいたいの場合、10年後には解決している。なんなら、そんな悩み事、すっかり忘れ去られている。

過去を振り返って、「何であんなちっぽけなことで悩んでいたのだろう」と思う。それは、今の悩み事に対しても同じで、10年後にはちっぽけなものとなっている。

また、10年後には、自分も、世の中も、人間関係も、経済状況も、あらゆることが変わっている。となれば、今の悩み事だって、きっと変わっているはずである。ずっとそのまま、ということはありえない。

悩み事が「この先ずっと続く」という思い込みが、心の負担になっている。が、長い目で見れば、そんなことはない、続かない。

あるいは、10年後には死んでいる可能性だってある。もしそうなら、悩んでいたって仕方ない。今、やれることをやるしかないのだ。


自分独りでは“悩み事が小さいこと”に気づきにくい



“小さなことにくよくよする”とき、本人にとって、それは小さなことではない。大きなことである。だから、心が折れる、くよくよする。

そんなとき、『それ、そんなに大きなことじゃないよ、小さなことだよ』と、“悩み事のサイズ”を客観的に教えてもらうことで、心が楽になることがある。

「いったい、今の自分の悩み事は、どれくらいの大きさで、重さで、重要度はどくらいのものなのか?」

自分の目だけで、それを判断するのは案外難しい。

悩んでいると視野が狭くなる、一点だけを見つめるようになり、全体が見れなくなる。しかも、そのことに自分自身ではなかなか気づくことができない。

他人に相談するのは恥ずかしいことかもしれない。しかし、他人にしか助けられない悩み事もある。そんな時に、つまらないプライドは不要である。意固地にならず、助言を求めたい。

[関連]:悩み相談ができないのはなぜか?

また、「相談にのってくれる人なんて私にはいない」という場合は、今回紹介した「小さなことにくよくよするな!」などの本を参考にするのもいい。

◆ ◆ ◆

悩み事の大半は“小さなこと”なのかもしれない、などと、ふと思った。

ではまた。@ryotaismでした。


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