実は『人生は辛いことよりも楽しいことのほうが多い』という説。


ブログの更新が停滞気味です。

「今、東南アジアにいるから」というのもあるのですが、数週前から、「はたして自分が本当に書きたいのは何だろうか」病が発症しまして、少し休んでいました。まぁそんなのはどうでもいいことです。

本日は、カンボジアのロン島にて、

人生初のシュノーケリング、BBQ、フィッシング、ロングビーチで海水浴、サンセット、などなど、とことん遊びました。

でも、途中、思ったんです。思わなきゃいいのに、思ったんです。

『俺、こんなにも遊んでていいんだろうか?』

この旅の資金は、2年間働いて貯めた貯金です。その2年間は、めちゃめちゃ働いたし、節約しました。

でも、私は今、働いていません。そして、思わなきゃいいのに、思うんですよね。「心の底から楽しんでいいのだろうか」、と。

罪悪感みたいなものが働いて、純粋に楽しむことができない。――そういうとき、ありませんかね?ボクはよくあるのですが。

……ところが、今日はどうだったか。罪悪感とかどうでもいいくらい、そんなの吹っ飛ぶくらい、楽しかった。

眼前に広がるキレイな海、心地よい風、真っ青な空、うまいビール……これだけのフルコースもってこられたら、楽しくなくても楽しくなってしまう。

……で、ふと、今日思いました。

もし、『人生は辛いことより楽しいことのほうが多い』のだとしたら、どうだろうか?

そう考えたら、今日一日をすんなり楽しむことができた――しかも、罪悪感を無視するのではなくて、それをしっかり受け止めたうえで。

「魚の洞窟」「チェンマイの寺院」「ワット・ポー」など、最近の動画まとめ!


現在、カンボジアのシェムリアップにいます。

タイ・バンコク⇒チェンマイ⇒パーイ⇒メーホーソーン、と移動して、そこから再びバンコクに戻って、カンボジアに入国。

道中、何本か動画を撮ったので、よろしければどうぞ。


「人間はなぜ生きるのだろう」が困難であるために――或る空想の話。


遠い宇宙の奥の奥――。

神様がいた。

「さぁ、今日は何をつくりましょうか。人をつくりましょうか、猫をつくりましょうか、魚をつくりましょうか」

神様は、しばし考えたあと、「よし、今日は人をつくろう」と言った。

神様の前に、ひとりの人間がポンとあらわれた。

「さて、次はこの人間を、オスにしましょうか、メスにしましょうか」

しばし考えたあと、「よし、今回はオスにしよう」と言った。

目の前の人間は、オスになった。こうして、【一人のオスの人間】ができあがった。

そこに別の神様があらわれた。

「前から思っていたのだが、『つくりかた』の順序は、必ずそうでなくてはいけないのか?」

「それは、いったいどういうことだい?」

「いや、つまりね、キミの『つくりかた』の順序はこうだ。
『人にするか、猫にするか、魚にするか』――それを決めたあと、次に、『オスにするかメスにするか』を決める。」

「うむ、たしかにそうであるが――」

「その順序を変えてみるってのはどうだ?
つまり、『オスにするかメスにするか』、まず性別を決めるのだ。そのあと、その性を、『人にするか、猫にするか、魚にするか』、どれにするか決めるのだ」

「なるほど。そういう考え方もある。どれ、試しにそれでやってみよう」

「ペナン島ストリートアート」「虎の洞窟寺1237階段」など、最近の動画まとめ!


先月いっぱい、マレーシアに居ました。

ジョホール・バル⇒ペナン島⇒ランカウイ島、そして7月現在、タイにいます。昨日、バンコクに到着。

道中、何本か動画を撮ったので、よろしければどうぞ。




10年ぶりに海で泳いだ話。


マレーシアのランカウイ島、というところのビーチが、実に広くて美しかった。

“海水浴”なんて、とてもとても、縁なんてありませんでしたこれまで。

しかし、ビーチで遊び興じる諸外国人を見ていて、炎天下のもとで海水に浸る、と思えば、浜で寝そべって陽に当たる、「これはなんだか大変気持ちが良さそうだ」と思った。

また、ランカウイ島ビーチ、先にも書きましたが、横にずっと広い。人でごちゃごちゃしていない、スペースがある。「遊園地が苦手なのは人が多いからだ」と云う私にとって、これはとっても助かる、「せっかく来たのだ、ひとつ泳いでやろう」と思わせてくれる。

そんなこんなで、いつぶりになるか海水浴、たぶん10年以上は経つだろう、私は寝間着にしていた短パンに履き替え、いそいそと海へ向かった。