実は『人生は辛いことよりも楽しいことのほうが多い』という説。


ブログの更新が停滞気味です。

「今、東南アジアにいるから」というのもあるのですが、数週前から、「はたして自分が本当に書きたいのは何だろうか」病が発症しまして、少し休んでいました。まぁそんなのはどうでもいいことです。

本日は、カンボジアのロン島にて、

人生初のシュノーケリング、BBQ、フィッシング、ロングビーチで海水浴、サンセット、などなど、とことん遊びました。

でも、途中、思ったんです。思わなきゃいいのに、思ったんです。

『俺、こんなにも遊んでていいんだろうか?』

この旅の資金は、2年間働いて貯めた貯金です。その2年間は、めちゃめちゃ働いたし、節約しました。

でも、私は今、働いていません。そして、思わなきゃいいのに、思うんですよね。「心の底から楽しんでいいのだろうか」、と。

罪悪感みたいなものが働いて、純粋に楽しむことができない。――そういうとき、ありませんかね?ボクはよくあるのですが。

……ところが、今日はどうだったか。罪悪感とかどうでもいいくらい、そんなの吹っ飛ぶくらい、楽しかった。

眼前に広がるキレイな海、心地よい風、真っ青な空、うまいビール……これだけのフルコースもってこられたら、楽しくなくても楽しくなってしまう。

……で、ふと、今日思いました。

もし、『人生は辛いことより楽しいことのほうが多い』のだとしたら、どうだろうか?

そう考えたら、今日一日をすんなり楽しむことができた――しかも、罪悪感を無視するのではなくて、それをしっかり受け止めたうえで。


『人生は辛いことより楽しいことのほうが多い』説



今日一日を振り返ってみると、、、

私は無職です。露骨に楽しめない状況です。でも、そんなことどうでもよくなってしまうほど、圧倒的に楽しい環境だった。色々あるけども、あれだけキレイな海で泳いで、夕陽を見て、うまい酒を飲んだら、楽しくなるにきまってる。

で、思ったんです。もしかしたら、『人生は辛いことより楽しいことのほうが多いのかもしれない』、と。そう考えたら、辻褄が合うというか、「楽しんではいけない状況なのに、楽しいことが起きてしまうこと」についても折り合いがつく。

人生において、楽しいことと辛いことの割合が例えば[6:4]だったなら、その差分、どこか余計に楽しいことが起きるということ。

五分五分ではない、「なんかちょっと楽しいことのほうが多くないか?」と思ってしまうくらいなのが、本来の在り方だということ。それは実は不自然ではなく、自然なこと。

人によっては、そのことに対し、違和感や罪悪感をおぼえてしまうことがある。そういう人は、『人生は楽しいことより辛いことのほうが多い』、あるいは『楽しいことと辛いことは半々』と考えているためだ。

しかし、『人生は辛いことより楽しいことのほうが多い』のだとすれば、“楽しんではいけないのに楽しまざるをえない状況との遭遇”にも納得がいく。なぜなら、楽しいことのほうが“余計”に多いのが人生であるからだ。


「自分に都合の良い考え方」を選ぶ


そろそろお叱りをうけそうだ。

「お前、何を都合のいいことを言っているんだ!」 無職の自分が楽しむことに対し、それを何とか正当化しようとして、自分に都合のいい考えをでっちあげているんだ、と。「そう考えることでお前は現実から逃げようとしているだけだろ」って。

また、“人生は地獄よりも地獄的である”とは、芥川龍之介の言葉であるが、私もそう思う。“生きるってのは大変なことなんだぞ”って、色んな人が言っている。確かにその通りだと思う。

しかし、『人生は楽しいことより、辛いことのほうが多い』と考えることもまた、自分の都合のような気もするのだ。

そう考えたほうが、精神的ダメージを減らすことができる。何か辛いことがあった際、「まぁ仕方ないよね、人生は辛いことのほうが多いから」と、そのように言うことができる。自分で自分を納得させる(慰める)ために、そう言っているんじゃないか。

これもまた、都合よく言ってるだけのように、思わないでもない。

「人生は楽しいことと辛いこと、どちらのほうが多いのか」――実際のところはわからない。そもそも、そんなのは人によって違う。様々。なのに、断定的に、 絶対的に『人生は楽しいことより、辛いことのほうが多い』と述べるのは、おかしな話だと思う。

結局は、本人次第ということである。どっちでもないし、どっちでもいいのだ。

なんなら、自分の都合のいいほうを選んでもいい。「人生は辛いことのほうが多い」と考えたほうが、自分にとって都合がいいなら、そちらを選べばいい。逆に、「楽しいことのほうが多い」と考えたほうが都合がいいと思うなら、そちらを選べばいい。

そのように思う。

◆ ◆ ◆

『人生は辛いことより楽しいことのほうが多い』、たまにはそんなふうに考えるのも、いいんじゃないか。

そんな話でした。

以上、@ryotaismでした。