“お金のために苦しまないで”、という歌。


ブルーハーツの『首つり台から』という歌の中に、“お金のために苦しまないで”という一節がありますが。

お金は人の表情を暗くさせる。お金は人の表情を明るくさせる。

お金があるかないかで、表情がぜんぜん違う。

あるあるネタになりますが――。

飲み会に誘われる。でもお金がない。断りにくいから参加するんだけど、頭の中では「ああ、今日はこれだけのお金を使っちゃった…」って、そればかり考えて、純粋に楽しめない。周囲がそんな私に気を使ってくれているのもツライ。

いい歳して大学生みたいな格好をしている。これはお金がないからそういう服装になる。パーカーとかジーンズ、スニーカー、若い格好じゃなくて、それ安い格好なんです。お金がないから自然と若い格好になってしまっている。

そりゃあ、イヤになりますよね。そんな自分が情けなくて、表情が暗くなるって話です。

でもこういうとき、お金がないとき、絶対に卑屈になってはいけない。下り坂をイメージしてはいけない。強がりでも何でもいいから、後ろ向きにならないこと。現状をネガティブにとらえると、足元は泥沼になって、ずっとその状況が続く。いつまでたっても、お金がないと言い続ける。最悪の場合、死にたくなる。

お金ってそういうもんですから、ゆえにお金に固執するのは当たり前で、それに表情を左右されるのは、ある意味当然だと思うんです。

でも、ちょっと哀しいんですよね。いやいや、けっこう哀しくなってくる。支配されている感じが。私の感情や生き方の大部分が、お金によって決定されている。何かを選ぶときにお金を基準にして選んでいる、選ばれている。

つまり、私の意志で選んでいるようにみえて、実は、お金のあるなしでモノゴトを選択していることがほとんど――ということに、気づいてしまったんですよ。うわこれマズイって。「心が貧しい」って、あ、こういうことだったのかって。

お金があるから私は笑えているのであって、お金がなかったら笑えていない――という、自分の表情さえもお金に支配されている感じ、「これちょっとマズくないか」と近頃強く思うんです。

抗わないといけない。自分の表情がお金の奴隷になっているのは、流石に遣る瀬が無い。

◆ ◆ ◆

ワタシは、お金がなくても明るい表情ができる人でしょうか。

お金がないことは恥ずかしいことでしょうか。

お金がないことを恥ずかしいと思っているんじゃないでしょうか。

お金がある人と自分とを、比べてしまっているんじゃないでしょうか。

そういう考え方をもっているから『暗い表情』になっているんじゃないでしょうか。

そんな自分はどうだろう、面白いヤツだろうか。

お金がないときに笑える人って、僕はすごく魅力的な人だと思うんです。普通、お金がないと表情が暗くなるもんです。なのに笑っている。

なんで、この人は笑っているんだろう?笑うことができるんだろう?

歯を食いしばって、言い聞かせている。『決して下を向くな。そんなところにお金は落ちていない。上を向け。死ぬことを考えるな。生き抜くことに集中しろ。』

『私はお金になんてゼッタイに負けない』って言ってくれ、自分で自分に言い聞かせる。『私はお金になんてゼッタイに負けないのだ』と。笑うのだ、こんな人生を肯定するために笑う。これは意志、その人の歴とした意志である。お金は人の表情を変えるが、それに打ち勝つ気持ちの強さがある。

恥じることなく、首つり台で笑ってみせるような、つまりどんな悲惨な世界でも笑ってみせるぜ――という歌。“お金のために苦しまないで”って、これ、決して上から目線じゃなくて、同じ目線で言ってくれてるって思うと、泣きながらでも生きてやろうと思う。@ryotaism