「やらなければならないこと」について。


以前、ブログでこんなことを書きました。


この考え方は今だに変わっていない、それどころかますます強くなる一方です。

やりたいことがたくさんある。あれもしたい、これもしたい。チャレンジしたいこと、試してみたいこと、たくさんある。

若いときは「やりたいことを片っ端からやってやろう!」などと思っていたし、いまだにその気持ちはある。

でも、「やりたいこと」と「やらなければならないこと」は違う。


というツイートもありますが。

「やりたいこと」と「やらなければならないこと」、どちらを優先しないといけないか。

「やりたいこと」に気を取られて「やらなければならないこと」を先延ばしにしてしまうことがある。好奇心が裏目にでているパターン。

約3年続けてきた当ブログですが。


約3年続けてきた当ブログですが、行き詰まりを感じております。

しばらく更新を休んでいたこと、また、独善的な文章が増えたこともあって、読んでくれる人が一時期よりもだいぶ減りました。それによるモチベーションの低下――というのが一因であります。

アクセスがほしくて(読んでくれる人を増やしたくて)、そういった記事を書いたことがこれまで何度かありました。読みやすいように文章を工夫したり、タイトルに気を配ったり、などなど、ブログ運営の定石を真似たことがあります。ブロガー界隈で云われる、「毎日書け!何よりまずは量だ!」「コンテンツだ!面白い文章を書け!」なども実践してきました。結果、アクセスは伸びました。収益も発生するようになりました。

しかし、私はブログを職業にしているわけでもなく、広告収益といっても微々たるものであり、そこまでアクセス数に拘泥する必要があるだろうか。いやそもそも、「自分が本当に書きたいことは何だろうか」。見出しタグで整えること、改行を意識すること、レシポンシブデザインに対応させること。楽しんでもらえるような内容であること。読者を増やしたいという思いで記事を書くこと――それが悪いことだとは思わない。が、繰り返し問う、「自分が本当に書きたいことは何だろうか」。斯様なわだかまりを抱えていると、必然的にブログは停滞していきます。

漫画『ソラニン』がとても面白かった。


世間に疎いもので、その存在に気付くのはだいぶ遅かったのですが――。

浅野いにお
、と云う漫画家。

いや、『ソラニン』という作品の名前ぐらいは知っていましたよ。映画にもなったし。でも別段興味なかったので、ずっとスルーしてた。(アジアンカンフージェネレーションの『マジックディスク』ってアルバムは持っていた、ゆゑに映画の主題歌は知ってた)

ひょんなことから、昨年、浅野いにおの『おやすみプンプン』という漫画を知った。読んでみたところ、これがムチャクチャ面白かった。例えば古谷実の『シガテラ』とか好きな人は、絶対に好きなんじゃないか(奇しくも、[シガテラ=魚の毒]、[ソラニン=じゃがいもの毒]と似ている)。日常と非日常の境界の“曖昧さ”、その“危うさ”、「何気ない日常」なんて在りもしねぇ造語じゃないか――と云う雰囲気。

本で辿る自分の過去。


最初は芥川龍之介の『羅生門』。高校一年のときに国語の教科書で読んだ。でもそのときは、「なかなか面白い話だなぁ」という程度だった。その後、僕は地元三重県を出て、京都の或る仏教系大学に入学。哲学科に属し、まず読んだ一冊が、デカルトの『省察』。その考え方に僕はもろに影響を受けた。しかし所詮はレポート課題のための読書であって、心は没入していなかった。大学近くにある本屋で、暇つぶしに買った一冊、乙一『暗いところで待ち合わせ』。「小説っておもしろい」と初めて思った。また、沙藤一樹『D-ブリッジ・テープ』、滝本竜彦『NHKにようこそ!』等を読み、読書熱はさらに高まる。大学四年間、本分である哲学は勿論、色々な本を読んだ。が、まだこの時期は、読書、文学に対して、強い思い入れはなかった。ともすれば、映画や音楽のほうが好きだったかもしれない。