禁煙|タバコを辞めて1年、今、思うこと。


先月、タバコをやめて1年がたちました。


1日1箱約10年間、吸っておりました。

このさきもずっと、禁煙し続けられるかどうかはわかりませんが、

タバコをやめて1年、「今、何を思うか」、少し書いてみます。


「どうやって辞めたの?」と頻繁に聞かれるけど……


喫煙者から頻繁に聞かれます。

「一体、どうやって辞めたんですか?」

「消えたい」と「逃げたい」は全然違うからなぁ。


どうしようもないほど――

何もかもがイヤになったとき、人生に疲れてしまったとき、どうするか。

2通りの考え方があります。

  1. 「消えたい」と思う
  2. 「逃げたい」と思う

「消えたい」と「逃げたい」、語感は似ていますが、意味は大きく異なります。

では、それぞれみてまいりましょう。


1.「消えたい」と思う

これはいわゆる、“死にたい”というものであり、自殺などがそうです。

どうしようもないほど「何もかもがイヤになったとき」「人生に疲れてしまったとき」――。

消えたいと思う。この世からいなくなってしまいたい。自分を消してしまいたい。

自分を『0(ゼロ)』にする。『無』にする。『消去』する。


2.「逃げたい」と思う

ひきこもりや、現実逃避、などがそうです。

自分の殻にとじこもる。安全なところへと逃げる。傷つかないところへと逃げる。

「田舎に住みたいなぁ」なんていう、疲弊したセリフもこれに類するかもしれません。

何もかも忘れて趣味に没頭し、ストレスを発散する、などもそうでしょう。

さて。

先ほどの、「消えたい」の場合は、自分を『0(ゼロ)』にする、ということでしたが、「逃げたい」の場合はそうではありません。

これは、あくまで自分を残しておきたい。

『0(ゼロ)』ではなく、『1(イチ)』。

『1』――『自分』だけは残しておきたい。

「消えたい」と「逃げたい」の違いはここにあります。

◆ ◆ ◆

どうしようもないほど――

何もかもがイヤになったとき、人生に疲れてしまったとき、どうするか。

僕は、2.「逃げたい」と思う、を選ぶ。選んできた人生でした。

たとえば、僕の場合、小説がわかりやすい例です。

小説を読んでいると、日常のイヤなことを忘れて、物語に没頭できます。自分の殻に閉じこもり、傷つかないでいられる。

ふと、「情けねぇなぁ俺」と、今日、思った。逃げてばかりだ。

が、選択肢は2つ。色々あるようで、実は、「消えたい」と「逃げたい」、この2つしかなかったのだとするなら。

もし、 何もかもがイヤになったとき、人生に疲れてしまったとき、2.「逃げたい」、を選んでいなかったら――残りの選択肢、1.「消えたい」、を選んでいたということになる。

◆ ◆ ◆

「自殺」と「失踪」。

ちょっと似ているようで、ぜんぜん違う、この二つの言葉。

■失踪(しっそう)
[名]行方をくらますこと。また、行方が知れないこと。失跡。

「失踪」という選択肢について考えてみてもいいんじゃないかなぁ。@ryotaism

『日高屋』が好き、僕はどうしようもなく『日高屋』が好きだ。


人によっては行儀悪いと思うかもしれませんが――僕は、ご飯を食べながら本を読むことがある。

右手は箸、左手は本、というスタイル。

これは読書家であった兄の影響もある。おかげで子どもの頃からのクセとなってしまった。

……まぁ、そんなことはどうだっていい。

日高屋という中華料理屋をご存知でしょうか。

関西の人は知らないかもしれない。

私は埼玉の大宮に住んで、初めてその名を知った(日高屋の本社は埼玉の大宮である)。

正式名称、『熱烈中華食堂 日高屋』――。

大宮駅前の日高屋で食事して以来、私はすっかりハマってしまった。

もう、ほんとうにね、大好きである。日高屋が。

「好きな店は?」と唐突に聞かれたら、「え?なんの店?」と聞き返すことなく、「日高屋」と答える。“好きな店は日高屋”、である。

休みの日に、昼飯を食べに一人でふらっと日高屋に出かける。これを何年も続けている。

何回行っても飽きない。たぶん、死ぬまで飽きない。死ぬまで僕は日高屋のことが好きだと思う。

日高屋の“W餃子定食”とか、知ってますかね。最高です、あれは。サービス券を使って、ご飯大盛りにしたらお腹いっぱいになる。

え? サービス券のことを知らない? おいおいしっかりしてくれよ。

“日高屋といったらサービス券、サービス券の日高屋”、と言いたくなるほど、会計時に毎回、サービス券をくれる。その券があれば、ご飯、または麺を無料で大盛にしてくれる。

たとえば「野菜たっぷりタンメン」を、券を利用して大盛りにして、そのボリュームに驚いたこと、あるだろう?

ちなみに色々な種類のラーメンがあるけど、日高屋は「味噌ラーメン」がいちばんウマい(と思う)。しかも、このクオリティで500円って。どうやって恩返しすりゃいいんだよ。

そもそも、僕が日高屋にハマったきっかけは、値段がけっこうリーズナブルなところ。まさに“安くて、ウマい”。

二十代のお金がなかったときは、本当に助かった。友達と夢を語ったこともあった。日高屋で生まれた思い出がたくさんある。

***

さて。気づけば僕は32歳になり、今は千葉に住んでいる。

でも、ちっとも変わらないのだ。

2015年12月6日。今日。

昼飯を食べに、家の近くの日高屋に行ってきた。

大好きな日高屋。

文庫本を後ろポッケに突っ込んで、自転車で向かう。頬にあたる風が冷たかった。もうすっかり冬だな。マフラーが後ろになびく。

店内は比較的空いていた。窓際のカウンター席に座り、ニラレバ定食を注文。

5分後、料理が手元に運ばれる。食べながら小説を読んだ。ページをめくった。

ふと、箸を止め、窓の外の往来をみた。ありふれた日常の光景があった。

「日高屋でご飯を食べながら、小説を読むこと」。

しあわせだなぁ、と思った。

日常の幸福。それは至上の幸福と言い換えてもよい。

日高屋のいいところは、一人でも行きやすくて、且つ、意外とゆっくりできるところ(といっても、飲食店だから、回転率は大事だろうし、長居しても30分程度)。

日高屋で、本を読み、食後に10分程度、読書する。

人によっては、それを行儀悪いと思うかもしれない。また、中華料理屋には不似合いな行為かもしれない。

でも思った。 この瞬間、私は無敵だ!と感じた。それは、とてつもなく幸せということである。幸せすぎて無敵だと感じるような、そんな瞬間が、日高屋にはある。

「僕」と「小説」と「日高屋」、この3つがそろえば、私は無敵になれる。

関東に住む限り、私と日高屋との関係は途切れることはないだろう。日高屋が私のことをどう思っているかはわからないが、私は日高屋のことを全面的に信頼している。いつもありがとうございます。@ryotaism


一度でも自殺をしようとした人からは、幸せが逃げてっちゃうって、本当ですか?


“一度でも自殺をしようとした人からは、 幸せが逃げてっちゃうって、本当ですか?”

映画『害虫』のなかに出てくるセリフです。

俺選抜~おすすめ邦画15本」でも少しご紹介しましたが、大好きな作品です。

さて――。

ちょっとコマカイ話になりますけども。

“一度でも自殺をしようとした人”というのは、どこまでのことをいうんだろう。

どの段階のことなんだろうか――なんてことを考えておりまして。

  • ステップ1:「死にたいなぁ…」と思う(希死念慮)
  • ステップ2:「死にたい」と真剣に考え始める(自殺念慮
  • ステップ3:実行、行動にうつすことを考える(自殺行動)
  • ステップ4:実際に自殺する(既遂自殺)

こういう段階がある。

【希死念慮 → 自殺念慮 → …自殺】といった具合で、最終的な自殺にいたるまで段階がある、といわれている。


(※このへんについては、ずいぶん昔にブログで書いたのでよろしければ → 人はなぜ自殺するのか―心理学的剖検調査から見えてくるもの

ステップ1、「死にたいなぁ…」と思う。いわゆる【希死念慮】ってやつですが、このへんは、多くの人が経験したことがあるんじゃないか。

だれだって一度くらいは、死にたいと思うこと、あると思います。失恋とか、家族との関係とか、いじめとか、仕事の苦労とか……一度どころか、「死にたい」と思うことは何度あっても不思議じゃない。

そんな思いが加速して、「死にたい」と、わりとマジに考え始める。これもよくあることです。心の奥底で“死にたい”と思いながら静かに生きている。虚無的。死んでもいいと思っている。

――さて、大事なのはここから。

というより、これまでの段階は、特に今回書きたい話題でもありません。


  • ステップ3:実行、行動にうつそうと考える(自殺行動)

大事なのはここ。ここからです。

「死にたい」と思う、そう思ったことがある。虚しくて、死にたいなぁと思っている。――これは現代においては、ありふれていることです。

しかし、このなかから、ステップ3の段階にいたる人は、一気にグッと減る。

死にたいなぁ思っている。が、たとえば、「自分は35歳の誕生日に死ぬ。場所は◯◯、手段は◯◯である」と、リアルに計画的に考えている人は少ない。

「死にたいなぁ」と思う人はたくさんいて、分母は大きいのですが、具体的な自殺行動について考えている人となると、その数はかなり少ない。


話をもとにもどします。

“一度でも自殺をしようとした人からは、 幸せが逃げてっちゃうって、本当ですか?”

“一度でも自殺をしようとした人”というのは、ステップ3の段階までいった人のこと。(映画内でも実際にそうである)

印象的なセリフなんですが、なにが言いたいかって、僕が思うのは、「そこまでの段階に行く人って、実際のところはすごく少ないよね」ってことです。

◆ ◆ ◆

「生きるのは大変なこと」。がしかし、「死んではいけない」。そんなことを考えていると、「いやいや、そんなに重く考えるなよ。もっとゆる~く生きようよ」という連中もいます。

いったいどうなんでしょうね。このへんは。

『挑戦』という言葉が、それだけで絶対的な正義であるなら、いちばん難しいと思うことに挑戦しないといけないよなぁ、なんてことを一先ず思います。@ryotaism




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