なんだか無性にブログの書きたい気持ちになった。


なんだか無性にブログの書きたい気持ちになった。

20代のときは、何かあれば、思いの丈をブログにぶつけていた。

落ち込んでいるとき、自分で自分を励まそうと、ブログを書くことがよくあった。

でも30歳を越えてからは、「さすがに、もういい大人なんだから、そういうのはやめよう」と、距離をおくようになった。高校生じゃないんだから。もういい大人なんだから。

しかし、そもそも何で僕は、ブログなんぞ書いていたのだろう。夢中になって。

それはおそらく、「自分の話を聞いてくれる人」がほしかったのだと思う。

本当は、そんなことは、日常生活のなかで、友人や恋人にうちあければいいことだ。

悩みごとがあるなら、まわりに相談したり、愚痴ったりすればいい。

「誰かと感情を共有する」。そうして、前へと進める。後ろ向きの気持ちを、前へと向かせる。

しかし、どうしてなのか、僕の場合、そういった環境がなかった。そういう人がいなかった。いや、いたのかもしれないけど、ちゃちな自尊心が邪魔をして、本音を話すのが不得手になっていた。

ひとりが好きと言っているうちに、本当にひとりきりになってしまった。

結果、自分のなかのモヤモヤした気持ちや、落ち込んだ自分を、ブログに綴った。綴ることで解消するような者になったんじゃないか。

けれど、それを読んでくれる人が必ずいるわけではないし、読んでくれても何のリアクションもないことがあるから、つまり結局それって、「自分の話を聞いてくれる」というより、たんなる「独り言」に過ぎない。

でも、独り言であっても、その独り言をブログに書いたりすることで、自分で自分を慰め、それはそれなりに、「泣いてすっきりする」みたいなデトックス効果があった。

ふと、孤独を感じることがある。働くことが辛くて、ふさぎこむことがある。なんだか、もう生きていくことをやめてしまいたくなることがある。正直、今、僕にはそういう瞬間がある。精神的にまいってしまうことがある(そんなことは10代の頃からしばしばあったので、つまりは、自分は所詮そういったタイプの人間なんだろう。また、そんなことは、多くの人が同じ経験をしているのかもしれない)。

ちなみに僕は現在33歳で。「なんで自分は、こんなことで、こんなにも弱いのだろう」、比べて、まわりの人がとてもたくましく見えてくる。周囲が、とんでもなく器用な人、猛者に思えてくる。

かたや、僕はといえば、落ち込んだとき、ブログにその思いを書き込み、自らを慰めている。

そんな気持ちで綴っている。なんだか無性にブログの書きたい気持ちになる。

こんなこと、これは間違いなく、“恥ずかしながら”、ではある。“おいおい、子供じゃないんだから”、ではある。しかし、もうそれでいい。もうそうするしかない。芸術でなくてもよい、表現でなくてもよい。必死の生存戦略である。どうしようもない。がんばろう。@ryotaism