楽しいことを見つけるより、辛いことを忘れるほうが簡単だ


〝楽しいことを見つけるより、辛いことを忘れるほうが簡単だ〟

と思うことがある。

「何か楽しいことがあればもっと充実するのになぁ」と思いながらも、それがなかなか見つからず、「じゃあせめて、辛いことをなくそう」としている。そうすることで、メンタルバランスの、帳尻を合わせている。

――それにしても、楽しいことを見つけることは大変難しい。それと比べると、辛いことを忘れることは幾分簡単なように思える。

この頃、私はつい、その〝簡単なほう〟を選択してしまう。

特に私には、夢も目標もない。やりたいこともないし、夢中になれる趣味もない。「これをやっているときがすごく楽しい!」という瞬間もない。日々、淡々と働き、健康に気を使い、休日はよく寝て、たまに友人と遊んだりしている。

そんな毎日に不満はない。しかし、「満足しているか?」といえば、どこか物足りなさを感じている。

だから、〝何か楽しいこと〟を求めている。見つけようとしている。

が、そんなもの、待っていても訪れない。行動の先にしか、行動する者にしか、それは訪れないと思う。

それはわかっているけれど、そこまでする気力が起こらない。

私は平凡で安定した毎日に飼いならされている。今の生活が70点ならば、へんに行動して20点とかに下がるくらいなら、現状維持をしておきたい。

何か行動をしようとしたって、安定した今の生活が、「おい待て待て」と引き止める。

安定が一番である、と思っている。

一度手にした安定を手放すのは、大変おそろしい。はっきりと、私にはその勇気がない。

『楽しいことを見つけるのは難しいだって? そんなの、簡単なことさ! 一歩踏み出す、ただそれだけさ!』

残念ながら、今の私はそんなふうに思えなくて、

そのかわり、「じゃあせめて、辛いことをなくそう」としている。せめて、ストレス等を感じない生活にしようとしている。

たとえば、仕事や人間関係に悩んだときは、その日のうちに解決させ、次の日には持ち越さないようにしている。

「なんだそりゃ?そんなこと?」と思われるかもしれないが、小さなことかもしれないが、私はこれをとても重視している。そして、それを徹底するうち、習慣となり、苦もなく、このような日々を送れるようになった。

〝楽しいことを見つけるより、辛いことを忘れるほうが簡単だ〟と思うようになった。

そして、〝簡単なほう〟ばかりを選び、勇気の要るほう、行動を求められるほうを避けている。

これでは根本的な解決にはらならないのではないか、いや、そもそも、解決せねばならない問題などない。だって別に、今の生活に強い不満があるわけではないから。

しかし、どうもモヤモヤしている。

私は34歳である。いい歳して、まだ毎日にモヤモヤしているのだからどうしようもねぇなあと思う。