妄想は記憶を改ざんする。

“妄想癖”が、あまりに酷くなると、「妄想」のはずが、「現実」になっちゃうこともある。

妄想してますか?
仕事中とか、風呂に入ってる時とか、もしかして頭の中で“ありえないこと”を妄想していたりしますか?


ところで、こういうことがよくあります。


・「高校時代、私、超オタクだったしwww おかげで友達とか全然いなかったしwww」
(←本当はそれなりに友達がいて、オタクってか、普通にアニメが好きな程度)

・「高校時代、私、毎日友達とカラオケ行ってたよ♪」
(←本当はすぐに帰宅していたし、友達なんてあまりいなかった)


などなど、過去を偽ることはよくあるものです。

無論、これは「他人に嘘をつく」という行為ですが、
「自分をよく見せたい」「稀有な人生を送ってきた」といった虚勢です。

そんなことは全然かまわないことです。

誰に迷惑をかけるわけでもないし、誰しも少しは“かっこつけたい”ものです。


しかし、こういった妄想があまりに酷くなると、『実際にそうだった』と、記憶・過去を改ざんしてしまうことがあります。


高校時代、友達が少なかったというコンプレックスが強いあまりに、虚勢をはって、「私は高校時代、友達が多かった」という虚言を言い続けていると、
『自分は、実際に友達が多かったのだ』と、妄想が「現実化」していきます。

「自分は友達が少なかった」という「事実」は記憶から薄れていき、
結果、『自分は本当に友達が多かったのだ』という記憶に塗り替えられます。

気付けば、なんのためらいもなく、虚言でもなんでもなく、
『うん、私、友達が多かったよ!』と、普通に言っています。
本人にとっては、もうそれは事実になっているのですから、事実を事実のまま言っているだけですから。


私はあなたに聞きます。

「高校時代、どんな日々を送っていましたか?」

あなたは答えます。しっかりと答えます。

しかし、どうだろう。

例えば、
『今現在』のあなたに「高校時代、どんな日々を送っていましたか?」と問う。

全く同じ質問を『10年後』のあなたにもする。

今現在の私と10年後の私とでは、「高校時代、どんな日々を送っていましたか?」という質問に対する解答に、違いがありはしないか。
違うことを言ってないか。ちょっと変えていないか。


記憶というのは、変わっていきます。

記憶は往々にして、“妄想”によって変容していきます。改ざんされます。


「高校時代、どんな日々を送っていましたか?」

私は知らないのです。

いや、知っていますが、恣意的な改ざんが行われているかもしれません。

だからやっぱり、知らないのです。

真実は最早、高校時代の時にしかありません。