寝ているときは死んでいるのでしょうか?
もうじき8月。
どこかに旅行とか、企画したいものですね。
ところで、「生と死」というふうに、分割して考えることはなかなか難しいことだな、と。
区別できるもんじゃないよなぁ、って。
0.000000000001秒後に死ぬことがある
「生きてるのか死んでるのかわかんねぇよ!クソ!」みたいな漫画のセリフがありますが、
そういうことではなくて、
生きると死ぬの“間”って、そもそもあるのか。
たとえば、0.0000000000001秒後に死ぬことがあります。
災害やらミサイルやら、突発的なナニカで死ぬ可能性はゼロではありません。
『今、この瞬間、生きている』のは確かですが、『次の瞬間』、生きている保証はありません。
というより、『今という瞬間』と『その次の瞬間』はつながっている、同じようなもの。“別々”ではない。
なぜなら、『今』は『次の瞬間』でもあり、『次の瞬間』は『今』であり、『その今』は『次の瞬間』でもある。
言い換えれば、『今』しかないのであり、
時間というのは「点」では考えられなくて、常に今という「線」である。
今という点と次の瞬間という点を結んだ線状に、私は存在しており、点の上には居ない。たぶん。
「『瞬間と瞬間』の『間』」なぞ無い、ということです。たぶん。
(“たぶん”を連発しているのは、このあたりは時間概念の問題になってきて、とてつもなく難しくなるためであり、バカな私はここらで引き下がっておきます)
とにかく、『今』と『次の瞬間』に差異がない、つながっている、“同じ”であるとするならば、
そして「『次の瞬間』に死ぬ可能性がある」ならば、
『今、生きている』というのは、不確かなことだと思うのです。
寝ているときは死んでいるのでしょうか?
こんなことも思います。
「寝ているときは死んでいるのか?生きているのか?」
身体的には生きています。
心臓も動いているし、呼吸もしている。生きている。
けれども、意識はない。記憶もない。
(※夢とかはひとまずおいといて、不徹底なまま突き進めます。)
「生きている」ということ自体が、よくわからないことなんです。
肉体が生きていれば「生きている」のか?
意識があれば「生きている」のか?
「生きている」とは、一体ナニカよくわからないんです。
そこで私やキミは、「死んでいない状態」を『生きている』と言う。
「生きている」というぼやけたものに対し、「死んでいる」という状態はわかっています。
「肉体が死んでいる」「意識がない」、これを『死んでいる』と考えています(これは「寝ている状態」でもない)。
これを用いて、
そうではない状態、つまり「死んでいない状態」を『生きている』と、ひとまず考えています。
「『肉体も意識もない死んでいる状態』ではない状態」を「生きている」とみなしているだけであり、
「生きている」ということ自体は、実際、よくわからないことです。
***
なにか、“ふわふわ”としている、「生きている」という実感が無い、
そんな時、ないですか。
当然のことです。
生きていると死んでいるの区別がよくわからないからです。
「生きてるのか死んでるのかわかんねぇよ!」
そりゃそうです。
常に、同時に、私は、今は、生と死の両方を兼ねているからです。
では。
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