高橋優の歌詞が強引な肉弾戦となってきた
高橋優『BREAK MY SILENCE』 |
以前、5月1日に、私は次の記事を書いた。
“先ず、自分自身の「懺悔」あるいは自分の「恥部」をさらけだすべきではないか。高橋優の歌詞にはそういった、彼自身の恥部があまり見受けられない(あってもキレイにみえる、あるいはキレイにみせている)
高橋優は大衆のリアルな欲望を歌ったが、自分のリアルな欲望を歌っているだろうか。”
一度、全文に目を通していただけるとうれしいのだが、なかなかの反響をいただいた。ほぼ私への批判であるが…。
私は高橋優と同い年ということもあって、以前から注目している。
そして今月、高橋優のアルバム『BREAK MY SILENCE』が発売された。
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このアルバムの発売に際し、インタビューでこう答えている。
ハダカで転がることが必要だと思ったんです。鎧をつけることは簡単だし自分を守れるけど、そんなことじゃダメ。傷付く覚悟を持って、自分からハダカにならないと。
──鎧というのは具体的には?
自分をよく見せようとする気持ちですかね。
(中略)
高橋はいいシンガーだって言ってくれる人と同じくらい、高橋はダメなシンガーだって言う人がいないといけない。
(中略)
例えばイジメられていたとか、人見知りだなんて曲も書いたけど、それって本当は恥ずかしい部分だし、いちいち歌にする必要がないと思ってたんです。
あついぜ!高橋優!
なんか、ブログで変なこと書いてすまんかった!完全に私が悪い、つか、ダサい!
なるほど、いままで、“いちいち歌にする必要がないと思ってた”のか。
ということで早速、今回のアルバムを聴いた。
高橋優『BREAK MY SILENCE』
アルバム『BREAK MY SILENCE』では彼自身の“恥部”が表現されている。
『人見知りベイベー』、『CANDY』、『足フェチ』など。
自身の人見知りな部分や、『CANDY』ではいじめ体験について。
露骨なほどに、自分の恥部をだしてきた。
私は思った。
「肉弾戦できたか」、と。
つまり、「むこうからぶつかってくれるのを待つ」のではなく、「高橋優のほうから聴き手にぶつかってきた」のだ。
しかも“けっこう強引”に、こちら側の扉をこじ開けるようにして。
たとえば、『CANDY』という曲。
この曲で、高橋優は自身の「いじめ体験」について歌っている。
いじめ体験については、誰しも口をつぐみたくなる。
あまり他人に踏み込まれたくない部分であり、ゆえに、人にも話さないようにする。
その部分、“入ってくるな”という部分に、高橋優は“入ってきた”ということ。
ここで重要なのは、「経験」ではなく「体験」であるということ。
思い出や記憶で残っている「経験」で述べていない。
しかし今回、彼自身が「体験」した“体”でもって、直接的にぶつかろうと試みている。身体性をだしてきた。
肉弾戦というのは、そういうことだ。
ぶつかられた側は、否が応でも反応する、そんな肉弾戦。
“ぶつかってきやがった”というのが、今回のアルバムを聴いた私の感想である。
また、「リアルタイムシンガーソングライター」という彼のキャッチコピーは、そういうものであるべきじゃないか。
つまり、“リアルタイム”とは、社会のことではなく、自分自身の“リアルタイム”であって、今回のアルバムでそれを出してきているように思えた。
強引さが裏目にでていないか?
一方、これとは別件で、危惧しているところもある。
たとえば次の曲とPV。
『同じ空の下』
先ほど私は、“強引に扉をこじあける”と書いた。
これは、“強引”の悪い部分がでてはいないか?
“目指してた世界こそ違ったけれど
似てる境遇で頑張ってる君を想ってる”
“一人ぼっちでも 孤独とは違うよ
同じ空を見てる”
もともと目線が異なる他人と、同じ目線に立とうとしている。
それが自分よりも高い目線ならまだしも、
自分よりも“低い目線”と同じ目線に立とうとすると、背を曲げ、低い姿勢をとらなければならない。
この姿勢をとることは非常に難しい。
なぜなら、ともすれば、“見下ろす姿勢”となってしまい、不快をもたらしかねないからだ。
もともと“同じ目線”であるなら問題ないのだが、自分より低い目線と同じ目線にたとうとするのは、非常に難しい。
「同じ目線にたとうとすること」が裏目にでることがあるし、この曲には少しそれがでているような気がする。
もちろん、その強引さ、同じ目線にたとうとすることが「訴える力」となり、土足でふみこむくらいじゃないと「伝わらない」ことがある。
それは誰しもできることじゃない、一定の人間力がなければできないし、高橋優にはそれがある。
しかし、いきすぎるとエゴイスティックな他者への干渉となってしまう。それは優しさでもなんでもない。
自分の目線の視界に“入ってくる”ことは、ありがたくも、時に目障り、邪魔となる。
そのへんの危惧がある。
皮肉にも、彼自身の、人間力の大きさゆえに。
***
今回のアルバムを聴き、総じて思ったことは、
「肉弾戦できやがった、こっちにぶつかってきやがった」
ということ。
じゃあ、もう、こちらとしては、ぶつかってきたのだから、応えるしかない。
今回はそのブログでした。
次曲も楽しみにしています。
ぶつかってきたら、また応えたい。
もちろん、全力で批判もする。
彼自身、「それを求めているのだ」と、インタビューで答えているのだから、私も本音で書かねばならない。
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