キュウソネコカミは現代的“ストレートな歌詞”である
もうね、最近、毎日聴いてます。大好きです。
キュウソネコカミ。
知名度のあるバンドなので、ご存知の方も多いと思いますが、近頃すごくハマってて。
なんでこんなに好きなのか、あふれんばかりに、書いてみますのでどうぞよろしくお願いします。
“キュウソネコカミ”
知らない人もいるかと思うので、youtubeを貼っておきます。もちろんオフィシャル。
「ビビった」
「ファントムバイブレーション」
あと、近頃、メガシャキのCMとかもやってますね。
個人的には、『チェンジ ザ ワールド』『ウィーアーインディーズバンド!!』がお気に入りで、この2枚を聴いておけば間違いない。おすすめです。
キュウソネコカミの、現代的“ストレートな歌詞”
ボクは、彼らの歌詞が、現代的“ストレートな歌詞”だと思っているんです。
“ストレートな歌詞”という言葉が昔からありますが、
「ひねらず(たとえば比喩表現とか使わず)、感情をそのまま言葉にする」とか、そういった意味かと思われます。変にかっこつけていないということですね。
たとえば、ボクはブルーハーツが好きなんですけども、彼らの歌は“ストレートな歌詞”と言われることがあるんですが、いまだに聴いてて感動するんですよね。10年以上経った今でも。
そりゃあ時代が違うから、ぜんぶがぜんぶ共感できるわけじゃないけど、どこか、今も昔も通じることを歌っている。つまり、彼らの歌詞は、ある種の“普遍性”を帯びているんですね。
一方、キュウソネコカミはどうか――。
ご存知の方は同意してくれるんじゃないかと思うですが…
まぁ、普遍性ゼロですよ。刹那的すぎる。
言葉選びからして、後先考えてない感じが伝わってくる。
たとえば、ざっとあげてみると、、、
- “流行るキラキラ光るお名前は時に人生の邪魔になる”(What's your name? )
- “ブスではないけどかわいくない 君らがそうさサブカル女子”(サブカル女子)
- “奨学金に殺されそうだ 鬱な気分をはじき飛ばせ”(貧困ビジネス)
- “2ちゃんのまとめを見ちゃうね スレタイだけでおもろいね”(ファントムバイブレーション)
- “俺らが作った音楽を売れなくなったらはい終了!!”(ビビった)
これはほんの一部ですが…
「10年後も変わらない曲をつくろう!」だなんて、微塵も感じられないんですね…。
「GALAXY」という曲があって、その中で、NHKのケータイ大喜利の「着信!」という言葉を真似ているのがあるんですが、「こんなもん、だれが10年後も覚えてんねん!」、と。
でも、その刹那的なところが、たまらなく痛快なんですよ。詞というよりその態度が痛快で、楽しい。
一昔前だったら、こういう歌詞って受け入れられなかったんじゃないか、と思うんです。「10年後も、ずっと残り続ける曲のほうがいいんだ」って。普遍性を重視していた頃――。
でも、現代は違う。
次から次へと情報が降ってきて、どんどん移り変わっていく。1年前は当たり前だったことが、すぐに当たり前ではなくなる。そんなことがザラで。移り変わりが速く、そして激しい。変化の連続で、消費されては消えていく。
そんな現代においては、“普遍性”というものを信じ難いと思うんです。『10年後も変わらないもの、本当にそんなものあるのか?』って。
で、キュウソネコカミの歌詞は、そんな現代をあらわしてるような気がするんです。まさに“現代的”な歌詞。あと先のことは考えず、刹那的に、今この瞬間だけを切り取って歌おうとしている。
また、消費文化である現代に対し、“ひねらず、感情をそのまま言葉にしている”、思いの丈を“ストレート”に述べている。(それは現代に対する風刺のようであり、どこか愛のようでもある)
これにより、ボクは思ったんです。
キュウソネコカミは、現代的“ストレートな歌詞”である、と。
「楽しむか楽しまないか」の二択をせまる曲
もうひとつあって――。
気軽に聴けるんですよね。リラックして聴ける。難しくないんです。
だから何度もリピートして聴ける。負担がない。
わざわざ哲学的なこと歌にしなくても、普段から、意外とボクらはそういうことを考えていたりする。
ボクはRADWIMPSも好きで、よく聴くんですけども、ちょっと緊張するんですよ。新曲とかでたら、「ちゃんと聴かなきゃ!」という感じで身構える。それくらいに、彼らの曲は、しっかりとつくりこまれているんですね。完成度が高い。
一方、キュウソネコカミですが、知ってる人はわかると思うんですが、、、たとえば「空芯菜」「Scary song」という曲、「なんだこれ?」っていうくらい、軽いんですよ。びっくりするくらい“軽い”。
深い意味とか、ない。まったくない。『…あれ?でも、もしかして深い意味があるのかも…?』と疑ってみるが、やっぱりぜんぜん深くない。
こんなもんライブで歌われたら、「楽しむか楽しまないか」の二択以外ない。だってそれ以外、何もつまっていないから。それ以外の意味を一切排除している。
完璧に作りこまれた曲って、肩に力が入る。ジーンと感動するのもいいんですが、そればかりだと疲れてしまう。(『何も無い休日』は個人的にはジーンときましたが)
キュウソネコカミの曲は、いい意味で、“つくりこみすぎていない”。そして、「楽しむか楽しまないか」の二択をせまる曲が多い。
(ついでにですが、キュウソネコカミのホームページも、「スマホでつくったの?」というくらい、つくりこまれていない…)
◆ ◆ ◆ ◆
以上、ざっと思っていることを書いてみました。
他にも好きなところはもっとあるんですよ。「この時代においても、ちゃんと1番を狙おうとしている」ところとか。そういう感じも大好きです。
また何かアレば書きたいと思います。
ではまた!@ryotaismでした!
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